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第三百八十話 卒業前夜

 夕方には旅立つ準備が整った者達がロビーに顔を出していた。

 一人、また一人と増えていく三年生の姿の中に思わず涙ぐむ者も見受けられる。

 最後となる夕食までの時間、甲斐達も同じように月組のロビーで集っていた。



 明日のこの時間にはもう、ここにはいないのだ。



「なーに辛気臭ぇ顔してんだよ。もうすぐメシだっつーのによ……。卒業前の飯なんだからしっかり味わいてぇんだ。んな顔並べられちゃあ食欲も出ねぇよ!」


 シェアトはこの異様な雰囲気が嫌なようで、聞こえよがしに大声を出す。

 

「そんな事言ったって仕方ないでしょ。ああ、犬には分からないでしょうけど!」


 クリスも雰囲気のせいもあってか、少しばかりしんみりとしていたがシェアトのせいでぶち壊されたのが怒りを呼んだらしい。


「何とでも言え! 数多くの暴言を受け続けた俺からしたらお前の小言なんて可愛いもんだぜ!」

「全っ然自慢にもなってませんけどね。……僕ですらここに来て一年で若干の切なさを覚えているのに……。本当に三年間いたんですか……?」


 全く理解を示さないシェアトにクロスが首を振りながら疑問を投げかけた。


「いたわ! いないって事ねぇだろが! お前らなあ……。何がそんなに悲しいんだよ。初めてだぜこんなに湿っぽい卒業式を迎えそうなのは」

「まあ確かに、卒業式というのは晴れやかに迎えて来たな。どちらかというとこんなにしんみりした雰囲気なのは日本風と聞いたが……」

「そうだね、僕達の方だと卒業式はお祭りってイメージが強いもんね」


 ビスタニアとルーカスはこのテーブルで唯一の日本人を一瞬見たが、彼女は絶対に一般的な日本人ではないのだろうと目をそらした。



 だが、甲斐は話し出した。



「まあしんみりは確かに日本だと普通だったけど、あたしは一回も泣いた事無かったよ。思い入れの差、かなあ。だって幾つボタンを集められるかやってたもん。男女構わず胸ボタン、腕のとこ、ワイシャツのボタンまでで最高が二百個かなあ」

「そりゃすげえ! もうその手の盗賊みてぇじゃねぇか! 卒業後はボタン屋になるつもりだったのか!?」


 豪快に笑うシェアトの横でルーカスとビスタニアは目を見合わせ、肩をすくめる。


「日本だと想い人の第二ボタンを貰うと両想いになれたり……、あと思い出にしたりとか……素敵な風習があるんだよね?」

「へぇ、フルラ嬢は良く知っているね! じゃあ僕は明日カイに沢山の思い出と愛を贈る為にシャツを着こめるだけ着こんで来なければ!」

「妙に上半身だけむっちりしたエルガなんて見たくないわ! 美意識どこ行った!?」




「さて、そろそろ夕飯に行こうか。皆ここにいるって事は準備は終わったと思っていいね?」




 当然、といった表情を返したそれぞれにルーカスは満足げに頷いたが、ビスタニアだけはその言葉をそっくりそのまま返してやりたくなった。














 並ぶ食事は普段と変わらないように見えたが、フルーツの種類が増えていたり、白食器ではなく、高価な柄の入った食器が並んでいたりと細やかな心配りがされていた。

 去年の三年生の卒業前夜など記憶に無かったが、こうした気遣いがあったのだろう。


「どれもやっぱりおいしいね……! 皆と別れるのは残念だけど、それ以上にこの食事が食べられなくなるのも残念だよ」


 珍しくおどけて見せたルーカスのおかげで笑いが生まれた。


 こうして同じテーブルで食事を囲むのも、明日の朝食が最後だ。

 卒業式は卒業生だけで行われる。

 下級生は課題が出されているはずだが、実質的にまだ休みの最中だ。

 なので一体どういった式典が執り行われるのかは誰も知らないままだった。


「……そうだ、今夜は女子と男子で別れましょうよ。最後の夜ですもの、積もる話もあるんじゃない?」

「あるっ! ……あ、えと……」


 あまりにも嬉しそうに同意したフルラにシェアトが意地悪く絡む。


「おチビ、その調子でカイをベッドに誘い込んでみろ。上手くいくかもな!」

「口を縫合してやるしかないのかしら……。さ、じゃあ私達は皆食べ終わったみたいだしカイの部屋にでも集まるわ。犬の世話を任せてごめんなさいね! 適当に放っておいても大丈夫だから! うるさかったら殴って黙らせてね!」

「お前絶対ペット飼うなよ……! 赤毛! なんだその親指! グッドじゃねえよ!」







 最後の夜、クリスとフルラがカイの部屋に来ていた。

 お手伝い天使に椅子を用意してもらおうかと提案したが、結局全員がベッドの上に座っていた。


「寝て起きたら卒業式なのね! ああ、なんだか信じられないわ……! どうしましょう、興奮して眠れないかも!」

「そうなったら朝まで三人で起きてようよ。青春っぽくない?」

「ぽいー! ……明日、ほんとにみんないなくなっちゃうのかなあ……。明後日から、みんなでごはんも食べれないのかなあ……。授業も無くて……。まるで長いお休みみたいだね…」


 心なしか、フルラのおさげまでもがしなしなと元気を失っているように見える。

 だが、甲斐は対照的に目を輝かせていた。


「それだ! 長いお休みだよ! みーんな、ちょっと長いお休みに入るんだよ。また皆で会える時まで」

「そうね……。そうだ、これ私の映像通信。ここに入学する前に開設したの。ナンバー合わせてくれたら繋がるから。もしもう持ってたら家に帰ってから繋いでみて。開設は魔法が使える人は自分でスペルを唱えれば出来るからすぐよ!」



 前の世界で言う所のテレビ電話のような物だろうか。



 フルラも持っているらしく、嬉しそうに自分のナンバーを書いて渡している。

 曖昧にい、この世界の日常で過ごす為にまずは明日、フェダインを出たら知識を付けなければと思った。


「やっと、あの二人の冷戦にも決着がつくのね。長かったわ……」

「そうだねぇ……。カイちゃん、明日の事忘れてないよね?」

「ああ……うん、覚えてるよ。その、どっちを選ぶとか何様だって話だけど……ちゃんと、好きな人は、出来た、よ」



 クリスの目が怪しく光ったのを甲斐は見ていなかった。



 恐らく、今夜は本当に眠らせてもらえなそうだ。

 そっとフルラは甲斐の後ろに回り込み、後ろから手を回して抱き付くとそのまま温かさを感じながら目を閉じた。



 長い、長い休みに入る。

 ただ、それだけなんだ。



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