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第三百七十九話 甲斐のこころ


「……室内で炎系の魔法使ったらスプリンクラーとか作動するんだろうか……?」


 最初に捨てたパンフレットや教科書、そして異世界から来た人間の為持っている荷物は他の生徒達よりも格段に少ないはずの甲斐は片付けるのに嫌気が差したのか先ほどからただ上を見上げていた。

 持って行く荷物を入れる袋が無いのでとりあえず支給された皮の鞄に詰め込んでみたが、あっという間に張り裂けんばかりに膨らんで本来の形からは遠ざかってしまった。


 壁に飾ってある、ルーカスが作ってくれた友人達の居場所の分かる地図は最後に外そうと、壁にまだ貼り付けている。

 机の上にはビスタニアとウィンダムから最初のクリスマスに貰った当日の天気が分かる小さな箱庭が置かれていた。

 これはもう両手で持っていくしかないだろう。


 問題はW.S.M.Cの試験に合わせてこなした大量の問題用紙の山だった。

 試験が終わったと同時に努力の山は見たくも無い紙の山と変わり、無残にも椅子の収納部分に積み上げられたまま押し込まれていた。

 それよりも、服もフェダインの物を借りているのでもしかしたらここに来た当初と同じように、下半身のみ下着を付けた状態の寒々しい寝間着で卒業するかもしれないという事実の方が問題だった。




「ねぇ、カイ……って何、その角の多いカバンは……」




 ノックと共に現れたのはクリスだった。

 ノックをしてからドアを開くまでの時間の速さは子供に嫌われるスピードである。


「あ、クリス……。早いね、もうあれこれ終わったの? ちょうどいいや手伝ってよ」

「……私にはもう小さい服があるからどうかなって思って持って来ただけよ。フルラでも良かったんだけど、もう終わったのか部屋にいないみたいなの。まあ系統的にきっとフルラ好みじゃないだろうし」


 彼女の手には大きな書類もすっぽりと入りそうな、正に甲斐が思い描いていた紙袋があった。

 受け取って服を出すと、腕の長さを気にする事も無いキャミソールや、絞りの利いたミニワンピース等が入っていた。

 どれも細身だが甲斐の体型であればどれも着られるだろう。


「わああああい! 女神様! ほんとにほんとにありがとう! この紙袋助かる!」

「なるほどね、紙袋ね。オッケー、いいのよ。その服達は雑巾にでもしてくれて構わないから。ちなみに紙袋はお手伝い天使に言えばいくらでも貰えるわよ。どう? この提案で私は世界の神に昇格した?」



 口元を引くつかせて精一杯の冷静さを装うと、甲斐はしまったとでもいうように口を押さえた。



「……すっごい可愛い! 何これ凄い! ワアー、ありがとうクリス! でもホントに服も助かったんだよ。でも入らないって……? あ、いや本当に太ったように見えないけど……」

「いいの。……太ったのよ、一部分だけ。その、胸が苦しくて……体のラインの出る物ばかり買ってたから……」

「あいやー……。じゃああたしもいつかこれが着られなくなるかな?」

「自然に胸を揉みしだかないでよ……。そうね、きっとそうなるわ。それじゃ、これだけだから。ああそうだ、ちなみに制服は記念に持って帰れるのよ。私はネクタイだけ貰って帰ろうかなって思ってるんだけどカイはどうする?」

「そうなんだ!? じゃああたしは全部貰って帰ろー。色々ありがとね、クリス。そいじゃあねー」



 まんまとクリスが手伝いから逃げた事に甲斐は気が付いていなかった。



 この身一つでこの世界にやって来たが、こんなにも荷物が増えた。

 どれも温かい誰かの想いによって出来ている。


 この部屋で、この学校で過ごした日々はとても大きい。

 自分の中でこうして思い返し、毎日の終わりとなる明日の事を思うと目頭が熱くなった。

 今までどの卒業式でも泣いた記憶は無いが、何故こんなにも切ない気持ちで一杯なのだろう。




 明日、旅立たねばならない。




 何かアクシデントが起きて卒業式が延期にならないだろうか。

 皆が楽しみにしているはずの式典に対して、マイナスに傾いて行く気持ちをどうにか起こさなければ。



 少しでも皆と長くいたい。



 明日の式では誰が泣くだろう。



 シェアトはきっと普段と変わらずに馬鹿な事を言ってムードを壊すだろう。

 きっと自分もそれに便乗して、クリスに呆れられるんだ。


 

 ナバロは泣いていないと言い張りながら、不自然に誰とも顔を合わせない気がする。

 こっちを向いて、なんて意地悪を言ってやりたい。



 エルガはいつもと変わらず飄々と卒業証書を片手にまたねと言って帰ってしまいそうだ。

 本当に世話になったと思うし、沢山の人がエルガに助けられたように思う。



 ルーカスはにこにこと笑いながら、泣いている者を慰める気がする。

 人を甘えさせるのが上手い人だから、きっと自分よりも人を優先するだろう。



 ウィンダムはフルラとの結婚に向けての方が重要視をしているだろうから、特に感動も無いだろう。

 おかっぱかっぱ、なんてあだ名をつけても気にした風でもなかった彼が少し憎らしい。



 クロスは皆といる間は意地でもつんけんし通すだろう。

 一番寂しがりで、一番甘えん坊なクロスちゃんはどんなに強がってみても可愛いんだ。





 クリスはきっと号泣して、また目を腫らしてしまう。


 フルラはそんな彼女と自分に抱き付きながら、いつまでも泣いてくれそうだ。



「(あたしは、きっとそんな二人を……)」



 慰める、と思った時に涙がこぼれた。

 どうやら予想は当たらないようだ。


 笑って卒業する為に、今のうちに少しでも涙を枯らさなければ。

 いつからこんなにも涙もろくなってしまったのか。



 こんなにも、明日が来なければいいと思ったのは生まれて初めてだった。



 離れたくない、また明日と言って欲しい。

 次に会える約束をしなければならないことが酷く寂しい。





 年を重ねれば人は強くなるんじゃないの。

 



 なのにどうしてこんなに涙が止まらないの。





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