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第三百七十八話 夢の中の君へ

 暗い部屋で一人、深夜を通り越し、朝が近付いてもまだ机の上でペンを走らせている赤毛の少年。

 彼はビスタニアよりも一回り程小さかった。

 これが夢の中なのだと理解したのは、何をどう触っても触れた感覚が無かったからだ。


 


 そうだ。

 今、目の前にいる少年はフェダインに入学したての自分だ。




「……勉強は、大変か?」

「……邪魔をするなら出て行ってくれ」


 顔を上げもせず、答える。

 ペンを動かす手は止まらない。



 そうだ、そうだった。



 こんなにも昔は人に対して恥ずかしい位失礼で、それなのに人一倍プライドは高くて。

 いつだって自分が正しいと思い込んでいたし、何も残せていないくせに一番なのだと信じてやまなかった。


 これがいつの日かは分からないが、きっとまだミカイルにこてんぱんに打ち負かされていないのだろう。





「……お前は、これからずっと一番にはなれないぞ」





 真実を教えてやりたかっただけじゃない。

 あまりにも反応が無いから、少しだけ怒らせたくなった。

 

 今まで自分にちょっかいを掛けたり、素直に嫌悪感を出してきたセラフィムの気持ちが初めて分かった。



 すると、ぴたりと部屋の中の音が消えた。

 顔を上げてはいないが、きっと眉間に深い皺を刻んで口をへの字に結んでいるのだろう。

 納得出来ない事を消化しようとしていたり、不満がある時の癖だった。



「……ミカイルがいるからな。どんなに机に噛り付いても勝てないぞ」

「ミカイル……? あんな浮ついた奴に、俺は負けるのか……?」

「浮ついたように見せているだけだ。大変なのも、苦労しているのも自分一人だけだなんて思っている内は分からんだろうな」


 ノートを覗き込むと小奇麗な字がびっしりと書き込まれている。

 これも自分の記憶が生み出したのか。

 二人の間で体格の差はあるものの、中指の第一関節に大きく出来ている豆など細やかな部分は同じだった。



「……貴様に俺の何が分かる。俺はここで成さねばならん事があるんだ」



 勢い良く立ち上がった少年は若く、その割に落ち着いた声が不釣り合いだった。

 正しいと信じて疑う事すらしなかったこの時。

 


 一生懸命だった。

  


 一体何にこんなにも追い詰められてきたのか。


 身長の差もかなりある。

 冷たい視線を送り続ける彼に、微笑まざるを得なかった。



「大丈夫、大丈夫だ。これから先、お前には沢山の友人が出来る。それから……いや、やめておこう。楽しみ、だな」

「友人? それが何になる? ウィンダムだって……きっといつか、関わりさえも無くなる。無駄な時間をだらだらと共に過ごすのが友人ならばそんなものは邪魔なだけだ」

「……今のお前は、可哀想だ。ああ……だからか」


 だから、あいつは気にしてくれたのかもしれない。

 誰よりも成熟していると思い込み、皆を見下げていた自分。

 実際には誰よりも幼く、稚拙な感情表現しか出来なかったから。


 

 知識があっても心はまだ未成熟だった。



「俺は、ならねばならん……。夢があるんだ。邪魔をしないでくれ」

「ほう? ……その夢とは何だ? 聞かせてくれないか、覚えていないんだ」




「防衛機関に入り、父を継ぐんだ。先代が築いてくださった家を守るんだ」


 


 その顔は夢を語る様な物ではない。

 それに気が付けないのは意志を持たぬ憐れな少年だからだ。



「そうじゃない、そうじゃないんだ。……俺が聞きたいのはお前の夢だ」




 いつか、知書室であいつに問われた日を思い出す。

 あの時は一体何を言っているのか理解できなかった。


 何になりたいのか。

 考えたことすらなかったんだ。



 あの時の自分も、今こうして目の前で黙り込んだ彼のような顔をしていたのだろう。




「……いいんだ、今のお前にはそれが夢だと思っているんだろう。これから、世界は広がって行く。置いて行かれないでくれ。……いや、置いて行かれたとしてもしっかりと手を引いてくれる者がいるだろう。時に勝手を振る舞うだろうが、恐ろしい奴に目ざとく叩きのめされるから覚悟しろ。……そしてお前は、今お前が信じている物を考える事になる。恐怖に、負けるな」

「何を……偉そうに。……貴様は、一体……?」

「分からなくて、いい。ああ、あと……」


 中々夢が終わらない。

 ちょうどここで夢から覚めていれば、起きてからあんなにも赤面する事も無かっただろう。







「好きな奴には、早目に素直になっておけ。…その、なんだ…。一緒にいられる時間が少ないんだからな。うん」







「……何を言うかと思えば。好きな奴? そんなもの、いないし興味も無い」

「出来るんだ。……いつもどこからともなく現れて、場を引っ掻き回すようなおかしな奴だが。表情を、よく見る奴だ。顔だけでなく、事の本質を見抜く力のある奴だ」

「ふん、どこぞの名家の見合い話か? おてんば娘とは厄介だな」

「違う、この学校で出会う太陽組の女だ。……最初は恥知らずな上、口も悪く、顔つきも険しい。全くもって最悪な出会いだがな」

「……それのどこに好意を持てと言うんだ……? 勉強ばかりをしているからとうとうヤキが回ったか……」


 目の上を指で揉んでいるのを見ると、笑ってしまう。

 常に真面目に、物事に対して取り組んでいるつもりだった。

 余裕が、無かったんだ。


「……だがな、不思議なもので付き纏われると強引だが慣れてくるものだ。……いや、心地よくすら思えて来るんだ。ここに来てから笑う、なんて滅多に無かったが何度も何度も無表情を保つのに苦労する事になるぞ」


 信じられない、といった気持ちを顔に出している少年に笑いかける。

 窓から差し込む朝日を見た時、この夢の終わりを知った。

 何故かは分からないが、目が覚めてしまうと確信した。


 伝え忘れた事は無いだろうか。

 こんな未来予想をしたかった訳じゃない。

 何か無いのか。


「おい」

「……まだ何か?」

「お前は、愛されている。だから、心配するな。大丈夫だ。毎日が待ち遠しくなる。お前は誰かの為に何かが出来るんだ。それ以上にお前の為に何かをしようとしてくれる奴らが沢山いる。だから、大丈夫だ!」



 それはきっと、欲し続けた言葉。

 あの日の自分がどうしても手に入れたかった物。


 真っ白な光に包まれ、目を強く瞑った。

 立っていたはずの体はベッドで横になっており、閉め忘れたカーテンから朝陽が暴力的に差し込んでいた。


 




 そう、これは少し肌寒くなった頃。

 ビスタニアが見た夢である。






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