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第三百七十七話 全て終わらせて



 卒業式は翌日に迫っていた。



 当事者達は荷物の整理や、新居の目星を付ける作業、家族に対しての手紙を書いたりと忙しそうだ。

 更に就職が決まっている組は入社日の案内が届き、書類にサインをしたり、厚い資料に目を通して必要な物にアンダーラインを引いたりと感慨に浸る暇も無さそうだった。


 クロスとビスタニアのように卒業証書を受け取ってから就職試験を受ける者達は部屋の片付けや服を紙袋に入れたりと、さも忙しいように振る舞っていたが、あっという間に午前の内に終わってしまい暇を持て余していた。


 特にビスタニアは暇そうで、だが皆は忙しいらしくロビーに降りてみても仲の良い友人は誰も見当たらなかった。

 知書室に行こうかと思ったが、同じような暇人で溢れているだろうし、落ち着いて読書も出来ないだろう。


 ビスタニアは一人部屋でベッドに寝転び、手触りの良い机と長時間座っていても腰が痛くならない素晴らしき椅子を見つめていた。

 レイアウトを変えたり、照明の色やカーテンの柄を変える事は出来るのに最初はそんな物必要が無いと突っぱねたのを思い出す。



 部屋などどうあっても関係無いと頑なだったのは、余裕が無かったのだろう。

 思い返しても恥ずかしくなる。

 


「……やらねばならん事は、まだあったな」



 担当のお手伝い天使を呼び出すと大きな瞳を輝かせてやって来た。

 用事を言いつけられるのを待ってふわふわと目線を合わせるように浮いている。

 思い切ったように立ち上がるとお手伝い天使も、ビスタニアの視線まで上がって来た。


「……あの時は……。いや、誤魔化すのはずるいな」


 お手伝い天使は相変わらず可愛らしい笑顔を浮かべていた。


「……最初は目すら見ずに、すまなかった。子供だった、などと言い訳はしない。三年間、ありがとう。感謝している、本当に。世話を、かけたな」


 笑顔のまま変化の無い天使は目を瞑ると、肩から斜めに掛けるようにして纏っている白い布の裾を両手でつまんで持ち上げ、深々とお辞儀をすると消えて行った。




 まだ、やり残したことがある。




 ビスタニアは一つ、息を落とすとコートに袖を通すと暖かな陽の指す外へと足早に飛び出した。













「はい? あー、ちょっと待ってね。……わわっ!? ……ああ……どうぞ!」


 ノックをすると、中から部屋の主であるルーカスの気の良い返事が聞こえた。

 だが、直後に何かをどかすような音と共に書類の山が倒れたような音も聞こえてきた。


 散らかった部屋を片付けてから応対しようとしたのだろうが、現状を悪化させたようにしか思えない。

 現に踏ん切りが付いたような声で入る様に言われたのでドアを開けると、やはり酷い状態だった。


「……誰かと揉み合っていたのか? どうぞと聞こえたが本当に入って良かったか?」

「あはは……ここを出る準備をしていたんだけど、溜めてたプリントとか整理してたらこんな事になっちゃって……」


 この部屋のどこにこの量の書類や書物が隠されていたのかと疑問が浮かぶ。

 明らかに容量オーバーではないか。


 それほど今のルーカスの部屋は足の踏み場も無い状態だった。


 床には積み上げられた本の塔が幾つも崩壊し、本の間に挟められたプリントが散乱している。

 ベッドの上にまで浸食されており、到底片付く気配は無い。

 最早ここまでいいだけ散らかしている惨状を見ると、片付けていたのかどうかすらも疑わしい。


「……それよりどうしたの? 珍しいね、僕を訪ねて来るんなんて。何か借りてた? ……この中から見つけられたらいいんだけど……」

「い、いや……。お前に話があって来たんだ。そんなに固くならないでくれ」


 改まって切り出したビスタニアはコートを脱ぐのも忘れ、そわそわと落ち着きが無い。

 その合間にルーカスは手にしていた本のやり場を探し、とりあえず生き残っている本の塔に重ねたが、バランスが崩れて崩壊した。


「……もう、お前は忘れてしまったかもしれない。それなのに掘り返すような事を言うようだが、これも忘れてくれて構わん」

「あーっと!? ちょっと待って……? 一つだけ確認していい?君は、……カイを、好きなんだよね? 誠実に……! カモフラージュとかじゃないよね?」

「なんて事を言い出したんだ! おい! 俺の態度が悪かったのか!? 何故距離を取るんだ……!」


 顔を赤らめたビスタニアはルーカスに詰め寄る。

 狭い部屋の中で逃げ場を失ったルーカスは一度、生唾を飲み込んだ。







「……一年ほど前に……。俺は、お前に対して、暴言を吐いたな。……屑星と」







 彼が一体何を言っているのか考えているルーカスから、ビスタニアは決して目を逸らさなかった。 


「……本当に、申し訳ない。許せなどとは言わない。……しかし、今は……いや、かなり前から分かっていたんだ。どの組も欠かせない、大切な役割を持っているのにそれを分かろうともせずに見下した俺こそ、屑だった」


 罪を認めるのは、こんなにも恥ずかしい気持ちになるものだろうか。

 いいや、違う。

 そんな罪を犯した過去の自分を恥じているのだ。




「……そうだね、最低だよ。許してもらえると思ったの?」




 冷たい言葉と、視線。

 当然だと思った。



 それなのに、胸が苦しくなる。

 ああ、まだ許してもらいたいなんて勝手なことを思っていたのだ。



 本当に、どこまで傲慢だ。



「ふふ! ……なーんてね。びっくりした? はは、その顔が見れただけで十分。気にしてないよ、本当に。実戦で星組が大した役に立てないのは確かだし、誰かが怪我をしてもここには治癒室もあるからね。いいんだよ、はっきり言ってくれた方があの時はすっきりしたし。口を閉ざした沈黙の苦言にも嫌気が差していた頃だったから」


 あっけからんと笑う彼は、こんなにも大人だっただろうか。


「……言ってはいけない言葉を、口にした。謝らなければと思っていたのに、こんなにも遅くなってしまった。……どこまでも、卑怯ですまん」

「そんなに謝られると、僕が罪悪感を抱くからやめてよ。……この先、君は防衛機関だっけ。僕は神の子に入るんだ。……よくやったと、君に褒められるような時が来たらそれでチャラにしてあげるよ。取り消すだけじゃプラマイゼロでしょ? どうせならプラマイプラスにしてもらわないとね」


 軽く手を上げたルーカスは笑っていた。

 こんな風に、挑戦的な顔もするのは初めて見る。


 一緒にいたのに、やはりまだ知らない顔も考えもあるものだ。

 だからこそ、面白いのだろう。




 パチン、と乾いた音を立て、二人の手は重なった。




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