第三十六話 しゅっぱつしんこー
「流石に疲れたな……。おっ、もう昼じゃねえか。メシ食いに行こうぜ」
「そうだね、カイ大丈夫? 眠い?」
しきりに目を擦っている甲斐の手をフルラが何度か止めていた。
それもそうだろう、甲斐にとって今まで多くの出来事があり、徹夜明けの現在その疲れがどっと押し寄せて来ているようだ。
「なんかもう、ダメっぽい……。グッナイエビバディ!」
「せ、せめて部屋に行こうか! 先にカイを部屋に連れて行ってあげよう!」
この場で眠りそうな甲斐を止めるようにルーカスが切り込んだ。
「えっ、えっ! カイちゃんが行っちゃうならぁ私も一緒に行くぅう!」
まだ甲斐以外には慣れていないので、甲斐が部屋に戻ってしまうと男子三人の中に自分一人が取り残されてしまうのは困るようだ。
完全に目を閉じてしまい、歩くこともままならない甲斐の脇の下にフルラが入り込んで支えながら歩く。
どちらも小柄なので、くっついてふらついている姿がやけに面白く見えるのかシェアトは笑い出した。
「フルラ、僕に任せて! 眠り姫、さあ僕の腕の中でゆっくりお休み……」
両手を広げて甲斐を包み込もうとするエルガ。
甲斐は先ほどまで今にも閉じてしまいそうな瞼を思い切り開くと、素早く人差し指を突き出した。
「触れたら貴様の目をただの空洞にする。……ううう眠い」
「つーか、俺たちどうせ部屋まで入れねぇしこのチビに任せて俺達は食事行こうぜ。んで帰りに適当に食料持って来てやろうぜ。夕食寝過ごしてもいいだろ」
「そうだね……、でもあの感じで大丈夫かな。少し心配なんだけど」
「ふふ、 カイは照れ屋さんだから抱かせてくれなかったよ」
「お前の解釈どうなってんだよ。おい、チビ。お前最早ふらっふらだけど大丈夫かよ? 反対側の太陽まで運べるのか?」
ここから太陽組の寮までは距離がある上、甲斐を支えながら歩いて行くのだ。
誰がどう見ても無理があるように見える。
「……ううん、私の、部屋でっ、ややや休ませっ、る!」
現在位置は東館であり、太陽組の寮のある西館までは正反対の道のりである。
同性同士で部屋の主がいる場合であれば他の寮生も入室でき、部屋へ続く階段は同性であれば問題無い。
甲斐の力になろうと必死に抱きかかえてはいるが、やはり流石に自分の体力では運び切れないと判断したようでこのまま上へ向かい、月組の寮へ向かうようだ。
「……て、手伝おうか? カイと同じ体格だし女の子だと大変でしょ?」
見兼ねたルーカスがどんどん前へ進むフルラに声をかけるが、足を止めたと同時に桃色の束ねた髪の毛が左右に激しく動いた。
どうしても自分で運んであげたいようだ。
「な? 任せようぜ。つーか、絶対あいつまだ起きてるよな」
言われてみれば、右側を支えているフルラが壁にぶつかりそうな時には甲斐の重心が左へと傾き、難を逃れている。
どうやら案外心配無さそうなので、ようやくルーカスも安心したようにその後ろを歩き始めた。
「じゃあ、俺らは食堂行ってるからな。夜にでも起きたら飯行こうぜ。寝てたらそれはそれでいいから気にすんなよ」
「じゃあ、気をつけてね。また後で……」
「もしかしたら 僕の口づけでしか目覚めないかもしれないから、その時は遠慮無く呼んでくれたまえ! どこへだって参上するよ!」
「そんなおぞましい呪いを受ける程の悪行はしてねえよ……うぅんむにゃむにゃ」
「じゃ……じゃあ、また、ねっ……」
寝言の割には随分とはっきりした声で返事を返した甲斐を抱え直すと、ゆっくりと階段を上って行った。
「前言撤回。あいつ、間違いなく起きてるわ」
シェアトの言葉に、ルーカスは無言で肯定するしかなかった。