第三百六十話 プロムを断る
「あーあ、あたし達以外は授業中だもんなあ。おかげで実戦場も使えないしさあ~。肩身が狭いよね」
ふてくされているのは甲斐だ。
ロビーで集まってはいるが、どうやら外に出て体を動かしたいらしい。
「そうねぇ……。もう最後の試験も終わっちゃったし……。せっかく外で遊ぼうにもあんまりうるさくしたら怒られちゃうわね」
クリスはソファの上で横になっている甲斐の髪をとかしている。
「カイ……、良ければ僕が実戦場にいる生徒達を消し去ろうか?」
「そんなしおらしい顔して物騒な提案をしないの。卒業できなくなるよ」
だらりとソファから垂れ下がっている甲斐の手を、恭しく取ったエルガの提案は却下された。
「……君達、外出する予定は無いのかい? 驚いたな、まさか用意しているのは僕だけなんて」
「どこ行くの……?」
ウィンダムの心臓を射抜くのは、フルラが小首をかしげて見上げた子犬のような表情だった。
「よし、フルラちゃん。その上目遣いはもう禁止ね、君の瞳を見た異性はみんな爆散するような魔法をかけそうになる」
「 そんな事してみろよ! おチビの両目をトイレに流してやるからな!」
「……そうよね!? みんな、ぼさっとしてる暇なんて無いわよ! 卒業プロムは一週間後だわ!」
口笛を吹いたシェアトをルーカスが肘で小突いた。
三段階の大きさに目を丸くしていくフルラの顔真似をしている甲斐は、クリスの言っている意味が絶対に分かっていない。
「カイ! 貴女も出るのよ!? ドレスを用意して、それから髪の毛のセットもそうだし靴も揃えないと! アクセサリーにパーティバッグも必要ね! 急いで外出許可を取りましょう! やだわ、どうして忘れていたのかしら!?」
焦りながらも必要なものを早口で延べ、立ち上ったクリスとこの状況に付いていけずに甲斐はようやくソファから体を起こした。
「……ぷ、プラムは甘酸っぱくておいしいです!」
「プラム大好き宣言はどうでもいいよ! カイ、卒業パーティがもう少しで開かれるんだ。僕達男性はスーツやタキシードを着るだけだからそんなにあくせくしなくてもいいんだけど、女性達はクリスの言う通り、小物を揃えたりしなくちゃならないし用意も大変らしいから……」
ルーカスがわかりやすく説明していると、フルラがとても嬉しそうに跳ねながら甲斐の腕を取った。
そしてもう一方の手でいきり立っているクリスの手を優しく握る。
「外出許可、卒業生は今の間自由だよね?カイちゃん、クリスちゃん! 一緒に行こうよ! 友達とショッピングって夢だったんだぁ!」
「いいわね! その前に一度実家に帰ってお金を貰わないと……! お金だけもらってさよなら、なんて出来ないから外出許可は二回分取った方がいいわね」
クリスがフルラに握られた手を軽く上げ、賛成を表す。
しかし甲斐の口元は固い。
「……あー、それって強制参加?」
思わぬ一言に一瞬、場が静まってしまった。
「強制じゃないけど……カイ、まさか出ないつもり?基本的には友人達で固まっていられるし、最後なのよ? 全組が混ざって夜中遊ぶなんてきっともう二度と無いわ。男女で二人以上からペアを申し込めるの。みんなで申し込みましょうよ」
甲斐の前までクリスは歩み寄り、そしてみんな、の部分でロビーにいる皆に目配せをした。
『説得に加われ』、そう彼女は言っているのだ。
「うーん……でも、あたしドレスとかキャラじゃないし……孫には和尚、みたいな……」
「意味が分からん……。なんで孫に坊さんなんだ……? 妻にはテディベア、息子には車、孫には……はい和尚! って事か……? 日本って闇が深いな」
意味不明な言葉には意味不明な考察が付くらしい。
真剣な顔をして悩むシェアトの横でエルガは甲斐の言いたいことをくみ取ったようだ。
「馬子にも衣裳って言いたいのかな? でも、そのことわざは今使うような意味合いじゃないよ! カイのそういう茶目っ気はいつか僕の心臓を破裂させるだろうね!」
「ルーカスも説得してくれない? カイはこういうパーティとか好きだったじゃない。ハロウィンだってノリノリでふりふりの服着てたし……」
何が問題なのか、ルーカスにも分からなかった。
気分屋のように感じられるが、甲斐は自分なりの考えを持っている。
こうして皆の説得にも応じないということは、何かが彼女の中で引っ掛かっているのだろう。
そしてそれが解決しなければ首を縦に振らせる事は出来ないだろう。
「なんだい、だらしのない王子様ばかりじゃないか! カイ、僕と二人で話さないか? もしも僕が的外れな事を言ったら君の言う事をなんでも叶えてあげよう! ……ん? カイ! もしも願いがあるのならなんでも聞くよ! 君に条件を付けるなんて僕はなんて愚かなんだ! 罪人だ!」
一人で長々と話したかと思うと、急に絶望して床に優雅に崩れ落ちたエルガは最高に面倒だ。
だが甲斐からしても一旦この場から離れられる方がいい。
名乗りを上げたエルガの背を叩くと案の定彼はすぐに立ち上がり、出ていく間際に皆にウィンクをして甲斐の後ろで愛を語り出した。
「大丈夫かしら……。私達には言えないような話なの?」
「エルガはなんだかんだカイが来てからカイだけを執拗に見続けてきているからね。きっと本当に何が引っ掛かっているのか見抜いているんだよ。 ……ほら、おすわり!」
今、正に姿勢を低くして様子を見に行こうとしていたシェアトはルーカスの大声に驚いて尻餅をついた。
言われた通り床にお座りをした姿にウィンダムは反射的に吹き出してしまい、顔を隠すように背を向けた。
「なっ……なんだよ!? 『お座り』って……! おいおかっぱ! 何笑ってやがる!?」
「野暮な事しないで、ほら戻っておいで。姫を助けられる王子以外は姫の元に行く資格は無いよ」
ルーカスも笑いを堪えつつ、シェアトに手を貸した。
「エルガは王子というよりも狡猾な魔女のババアって感じだけどな」
「そう?私的にエルガは王子様そのものって感じだけど。……ハッ! ルーカス! 冗談よ! 私にとっての王子は貴方以外いないわ!」
「ほらな? あいつは王子にはなれねぇよ。肝心の姫様に好かれないんだから、ただのモブだぜ」
どこか不穏な空気になりかけたのを、ぶち破ったのはウィンダムだった。
笑い過ぎてむせ込みながら、目を赤くしておかしなテンションのままシェアトの前に来て指をさしながら言い放った。
「ぶはっ……き、君はホントに……げっほげほ、面白い! ぶ、ブーメランじゃないか……ぶあっはははは」
「テメエ! コラ! 待て! ご機嫌カッパが! 殺す!」