第三百五十七話 最終対決・父と息子
「あの……ビスタニア先輩。エルガ先輩とは仲直り出来たようで、良かったです」
「ん? 元々喧嘩ではないからな。俺が勝手に突っかかっただけだ。あいつはあいつのやり方がある、そういう事だ。お前はあいつの問題用紙を見ていたな、間違いなんて無かっただろう?」
「……はい……。そう、ですね。あ、でも自己採点なので……」
振り返り、しどろもどろになっているクロスの額をパチンと指で弾き、ビスタニアは鼻を鳴らした。
軽い音の割に痛む額を擦りながら顔色を伺う。
「気を遣うな、それにあいつが点を落とす事の方が珍しいんだ。満点だったんだろう。三年連続で負けた事には変わりないし、それも分かっていた事だ。仕方ない。今更俺が気にすると思うか?」
「……あは、まあエルガ先輩は特殊ですもんね。でも首席は首席です、もっと自信満々に自慢したっていいんですよ? 僕だって飛び級は出来たけど、結局皆さん三年生の中に混じって順位にすると中の上程度でしたし」
三年生の行っている授業内容の難易度の高さに打ちのめされたようだが、それでもたった数か月で中の上という順位は相当凄いはずだ。
「ここで傷の舐め合いをしても仕方ないだろう。さあ、俺達は最後にあの堅物へ顔を見せに行くんだ。俺から行くぞ」
「はい……って、実の父じゃないですか。さぞかしお喜びになるでしょう。すぐにでも抱きしめてくれるかもしれません。映像なので難しいでしょうが。……ああ、僕の順位を聞いたらどうなるんだろう。試験を受けるよりも怖いですね」
「傑作だな、父が両手を広げたならきっとさぞ強力な消滅魔法を使うんだろうか、なんて想像してしまう。クロス、嫌味の一つも受け流せないのでは社会に出てから大変だぞ」
こうして父を笑い者にするのは初めてだったが、口は止まらなかった。
緊張感も紛れるような気もしたし、このまま父に会うのならば何を言われても耐えられる気がした。
預けられている校長室への鍵を使い、二人は階段を昇っていく。
校長は食事を終えた後に出かけているようで、姿は無かった。
制服を整え、クロスに見送られながら厳重に鍵をかけられている扉の前に立つ。
いつもの通り、南京錠がばらばらと開錠され、黒光りしている鎖が落ちていく。
中へ進むと険しい横顔が見えた。
誰かと通話をしているようで、声は小さいがなんとか聞き取る事が出来る。
「……ああ、SODOMの動きに警戒しろ。我々の許可無くやらせるものか。開発状況を随時報告させろ……。……待て」
じろりと睨まれたが構わず椅子に腰を下ろし、目を合わせないように顔を背けた。
サクリダイスは一度大声を出そうとしたのか息を吸い込んだが、思い留まって通話相手に短く何言かを吐き捨てるとビスタニアの前に足音を立てて歩いて来た。
「入る前に確認を取れ! 私がどういった仕事をしているのか分からないのか!? 機密情報だってあるんだぞ!」
「すみません、退室するべきでしたか」
ビスタニアが立ち上ると、サクリダイスは口をつぐみ、驚いているようだ。
席を立った事に驚いたのではない。
ビスタニアが顔色一つ変えずに堂々と言い放った事が、信じられなかったようだ。
「……座れ、そんな事も言われないと分からないのか。嘆かわしいな。それで、何の用かと聞くまでもないな?」
意地の悪い笑みがサクリダイスの口元をかたどる。
「卒業式の後、荷物を取りに来い。何もかも、私の稼いだ金で買った物だ。お前が自分で手に入れた物など何一つ無い。しかし、餞別に服ぐらいはくれてやろう。流石に裸で外を歩けるほど恥さらしではないと思いたい」
「……そうですね、自分もそうさせて頂こうと思っていたのですが今回はこのビスタニアが首席でして」
「……なに?」
眉をひそめたのを見て確信した。
父は最初から、本当に息子に対して期待などしていなかったのだと。
あれだけ、重圧を掛けていた癖に首位など取れるはずもないと最初から諦めていたのだ。
父にとってはいい憂さ晴らしだったのだろうか。
「セラフィムはやはり駄目だったらしいな。……ミカイルはどうした? お前はあいつと同じ得点だったという事か?」
「いえ、ミカイルは……最下位です」
一瞬、本当の事を伝えるべきか誤魔化すべきかで悩んでしまった。
それは保身の為では無く、サクリダイスにミカイルに関しての情報を与えたくなかったのだ。
だが、今この場を凌いだところで、後から調べられては同じ事だ。
「そうか、つまりお前は勝ちを譲られたんだな」
共謀を疑われないだけましだった。
無言でいると、サクリダイスは顎に指をやり、何かを考えているようだった。
「……しかし、ミカイルの性格上誰かの為に動くような奴ではないはずだ。何か狙いがあるな……? ふん、貴様には分からんだろうがな」
「何を仰いますか。分かりますよ」
父の前で笑うのは何年ぶりか。
まるで何が起きているか分からないといった様子のサクリダイスにビスタニアは笑いが止まらなかった。
この人は、何も知らないのだ。
まるで、何もかもを見透かしているようでいつも恐れていた。
どこにでも父の目や、耳があるようで立ち居振る舞いも気を付けていた。
馬鹿馬鹿しい、自分は愚かだった。
誰からしても明白な事実すら、父は把握しきれていないのだから。
「彼は自分の、大切な友人ですから」