第三十五話 詰めが甘いのです
「いいんだな、それで。取り出すぞ」
「ほいほい、お願いしま……それ激痛とかじゃないですよね?大丈夫ですよね?」
トレントは甲斐の耳打ちに動じなかった。
それがまた、ルーカス達を不安にさせる。
「……カイ、何にしたんだろう」
「さあな、ただあのチビ見て耳打ちしたって事は前の世界関係じゃねえの」
心配そうなルーカスがシェアトを引き起こしながら小声で会話していると、フルラが頬を膨らせて憤慨し出した。
「み、みんなしてこそこそしてるうぅ……! わ、私を置いてええぇ……。仲間外れにいい……」
「では今すぐ僕と一緒にこそこそしてみようか! ははは、そんなに距離を取らなくても! はっ、そうか。カイが嫉妬してしまうから気を使ってくれているのだね!?」
「消滅させるぞ長髪のガキ!」
やはりトレントはエルガがどうしても嫌らしい。
「お願いできますか? かなり困ってるんですよ」
「何ぃ!? ……ったく、どいつもこいつも。ほら始めるぞ!」
トレントが甲斐の頭上に右手をかざすと、甲斐が様々な色のベールに包まれ、すぐに元の色に戻った。
トレントの右手には大きなガラス玉が乗っており、中は液体が入っているように揺れる度に波打ち、薄く色付いたり透明になったりと刻々と変化をしている。
「終わりだ。さて、どうかな。天秤に乗せるまではワシも分からんからな」
ゆっくりと天秤に向かい、右の皿に甲斐に付けた羽のバングルを乗せると天秤棒はかなり右に傾いた。
そして、左の皿には甲斐から取り出したガラス玉を乗せる。
全員が天秤の傾きを見守っていた。
徐々に右下がりが水平に近づき、そして、水平まで来た。
「やった! これで魔力器貸してもらえるぞ!」
だが、まだ天秤は左へと傾き続けていく。
最終的に天秤棒が完全に右上がりになり、ようやく制止した。
「ほう! ここまでの物とは。どうする、その魔力器以外にも水平になるまで何か貸し出すか?」
トレントが振り返り、甲斐を見ると呆けた顔をして立ち尽くしている。
目は開いているが、床を見たまま瞬きもしていない。
「カイ、大丈夫!? 先生、カイの様子が……!」
「抜く量が多かったからな、しっかりせんか!」
何度かトレントが肩を掴んで乱暴に揺さぶると、目に生気が戻り、大きく息を吐き出した。
「な、なんか起きた。あたし生きてる?よく分からん……変な感じ」
「びびらすなよ……死んだのかと思っただろ」
エルガは思い切りシェアトの耳を引っ張る。
「失礼な! 僕のカイはこんな事では死なないよ! それにカイが死んだら僕も死ぬよ!」
「じゃあ死んでくれ今!」
「カイちゃあん……やめてよう、びっくりしたぁあ……」
「手間をかけさせるな。成功したぞ。他にも何か貸せそうだが借りて行くか?」
「……いや、なんか他に必要そうならまた来るね」
「そうか、ほれ持ってけ。返す期日は決めてないから不要になったら戻しに来るといい」
甲斐の手首にバングルをはめると、今度は力を込めてバングルを締めた。
何度か振ってみても、今度は外れない。
甲斐の腕が細いため、腕を上げると肘の手前まで来てしまい、逆に下げると手首を全て覆ってしまうが気にしている様子は無い。
「さあさ、帰った帰った。今度来る時は少し人数を減らして来い。うるさくてかなわん。あとその長髪は二度と連れて来てくれるな」
「ありがとうございましたー! いやいや、多分次来る時もまた皆で来るよ。いいでしょ、たまにはうるさくても」
ニヤリと笑う甲斐にトレントは口をへの字に変えた。
「姫の傍にはいつでも騎士がいるものですよ! では、また!」
「次に来たら口を縫い合わせてやるからな!」
どうやら本当にエルガの事は嫌いらしい。
「んじゃ、またな。椅子増やしといてくれよ。足が疲れて仕方ねぇ」
「勝手な事を言うな。なんでワシが貴様らの椅子を用意しなきゃならんのだ」
シェアトとの相性は然程悪くないようだ。
「しししっつれいしましたああ……」
一人ずつ隙間から出て行く前にドアを閉めようと近くにいるトレントに声をかけていく中で、小声のフルラに思い切り顔を近づけて目を見開くと彼女は悲鳴と共にドアの隙間に消えて行った。
「……先生、あの……」
「ちなみにだが」
ルーカスを見上げ、言葉に被せてトレントが声を張る。
「お前さんは一つ、勘違いしているな。ワシがあの時、抜いたものは性格ではない」
きょとん、とした顔のルーカスを見てトレントは意地の悪い笑みを浮かべた。
「当時大いに育っていた自己否定の部分だ。当時のお前さんには大きすぎる自己否定が育っていたからな。誰しもが持っているものだが、それは本来自分を奮い立たせたり、更に成長させるのにいい働きをする。今のお前さんがその状態だ。あの時のように大きすぎるとちと問題だがな。それに負けない自分を作る頃には魔力器も不要になるかもしれんぞ」
はっとした後、ルーカスの顔はくしゃっと笑顔に変わった。
安心したのか、口を手で押さえて何も言えないようだ。
「ふん、早く行け。仕事の邪魔だ」
「トレント先生、本当に……本当に貴方は素晴らしい方です。ありがとうございます。……必ず、彼女よりも早くお返ししに来ます」
重い扉はルーカスが抜けると、トレントの手によって閉められた。
そして、気付くのだ。
誰も明かりを持って出なかったので、最後のルーカスに期待していたという事に。
重厚な扉はいくら叩いても中から何の反応は無く、五人は手探りの状態で何度もぶつかりながら階段を上るしかなかった。