第三百五十四話 卒業試験結果・星組
「クリス、ゆっくり……浅く呼吸をするんだ。話せるようなら話してね」
ロビーの床に座り込んで背中をルーカスに擦られているのはクリスだった。
周囲は自分の順位を確認して泣きながら喜んでいたり、畜生などと悪態をつきながら喚いていたりと様々だった。
その中でクリストルーカスもまた、注目を浴びていた。
「……だ、大丈夫? 過呼吸よね? ……その、そんなに彼女、順位が悪かったの?」
心配そうな女子生徒が声を掛けてくれた。
その言葉にルーカスは苦笑いを浮かべる。
「いや……それが……まだ見ていないんだ。ロビーに来た途端こうなっちゃって……。多分緊張し過ぎたんだと思う……」
「あー……なるほど。その、お大事に。……良ければだけど、見て来てあげましょうか?」
「いや、いいよ。親切にありがとう。少ししたら良くなると思うから」
クリスは一睡も出来ていないようだった。
卒業が出来るのはルーカスの採点によりはっきりと確定しているのだが、やはりフェダイン生として最後の順位が発表されるとなると、変に緊張してしまったようでロビーに付いた途端呼吸が苦しくなって、どうしようもなくなってしまった。
「ルーカス、いいわ……。はぁ……私、大分良くなってきたから」
「無理しなくていいよ、大丈夫だから。別に今だって顔を上げたら見える位置なんだ。でも、せっかく最後なんだし一緒に見たいなって思うのは僕の勝手だしね」
「私、知ってるの。……はぁ……、私の事が気になってルーカス……不調だったでしょう? ……ごめんなさい、私、貴方の邪魔をしたかもしれない……」
ずっと、胸につかえていた言葉がするりと喉を通った。
驚いた顔をした後、すぐにルーカスは困ったような笑顔を見せた。
「あはは、確かにね。でも、それだけ君を好きになったって事だよ。もう、……責任取ってもらわないと。さあ、呼吸も整って来たね。立てる?」
「もう、ルーカス……私真剣に言っているのよ? ……お待たせ、じゃあ……」
繋いだ手が震えていた。
どちらから伝わって来るのか、それともどちらも震えているのか。
ルーカスはクリスの顔色を見ていた時、彼女の顔がゆっくりと笑顔になっていった。
視線の先を追うと、ルーカスの名前が見つかった。
「凄いわ! 貴方、星組で首席よ! 良かった! ……後は……総合……。あら! 次席よ! やったわ! 流石! もう! ……ちょっと待って? 何? 見て! 首席が……」
手を繋いだまま、飛び跳ねるクリスを落ち着かせようとしたが突然彼女は驚きに包まれ、声を失った。
「分かった、分かったからほらあんまり暴れないで」
一体何に驚いたのかとルーカスも貼り出されている順位に目をやる。
「……そんな……! そんな事って……」
総合順位を見た二人は固まっていた。
首席がビスタニアである事に対して思わず叫びそうになった。
しかし、次席にルーカスの名前が挙がっているのを見た時に違和感を感じた。
いないはずがない。
だが、エルガ・ミカイルの名をいくら探しても見える範囲には無かった。
近付いて下の部分も探し、ようやく見つけた。
それはあり得ないような低い総得点と、順位であった。
「嘘よ……こんなの、何かの間違いだわ……! だって私の方が総合順位が上なんてあり得ないじゃないっ……!」
「クリス、落ち着くんだ。僕を見て、見るんだ!」
何が起きたのか分からないが、ただ事では無い。
「これは君のせいでもない、誰のせいでもないよ。……やってくれたな……。エルガは僕達とは少し違うのは分かるね?考え方や目指す物、エルガはエルガなりの考えがあっての事だ。だから君に気に病まれては可哀想だよ。大丈夫、卒業は出来る点数だから」
泣き崩れてしまいそうなクリスをなだめながら、エルガのやった自己犠牲のサプライズにルーカスは苦笑しそうだった。
そして今この瞬間に、恐らく同じ月組のビスタニアの怒りに触れたエルガは部屋にでも乗りこまれているのだろうと想像出来る。
思わず溜息が出た。
クリスの肩を抱きながら、彼女の順位を確認すると総合としても半分より少し上にいた。
「エルガは……本当に変わってるわ……! これが卒業試験だって分かってるのかしら!? あと一点でも低かったら……本当に卒業できなかったのよ!?」
「だからエルガは凄いんだよ。組の違うクリスの勉強をしっかり教えられて、ポイントや点数配分、そして君の思考力に合わせて短期間に叩き込めるプランを練る程だからね。恐らく今回も全ての問題の答えも分かっていただろうし自信もあったんだろう。だからビタで限界点を取れたんだと思う。一種のギャンブルだね、到底真似出来ないな……」
「呆れた……! そんな危ない遊びや馬鹿をやるのはシェアト一人で十分よ!」
「はは、類は友を呼ぶっていうからね。そうだ、シェアトの順位を見ていなかったね」
口にして後悔した。
あまり率先して見たいものではない。
「これ以上私の心臓に負担がかかるとまずい気がするわ……。カイはきっと大丈夫でしょうけど……」
「じゃ……じゃあ、僕だけ見て来るよ。散々紙飛行機を飛ばしておいてシェアト一人卒業できなかったら、何て声をかけようか」
「待って、やっぱり私も行くわ。 ……そうね、大きな声で『待て』ってカイに言ってもらえば? 一生ここで待ってるかも」
声を掛け合ってもいないのに、二人は同時に総合順位の下の方からシェアトの名前を探し始めた。
そして見つけるのも同時で、クリスはぱっと口に手を当てて目を二倍の大きさに見開き、ルーカスの口は顎の関節が外れてしまったようにがくんと力なく開いた。