第三百四十九話 答え合わせ
試験の結果が発表される前日、ビスタニアとエルガは筆記試験の答え合わせをするという。
なのでそれに便乗し、他の皆も同じように組の者同士で集まる事になった。
恐らく正しい解答を見つけていくのに苦戦しそうな甲斐とシェアトは頭を使ったようで、エルガに丸投げをしようとしていた。
こっそりと小声でエルガに頼み込む場面をたまたまビスタニアに見つかってしまい、答え合わせをする事によって得られる現在自身に不足している知識の重要性を真顔で語られた。
二人でやり切ると答えるまでどうやら解放されなかった為、結果的に作戦は失敗となった。
真面目なルーカスと、しっかりしているように見えるが勉学面では恋人の臓器に負担をかける能力者のクリスは、答え合わせをする前にこの世の終わりが差し迫ったような会話をしていた。
震えているクリスに誰も何も言えないまま、二人は資料の多い知書室へ向かった。
この中では一番まともな者同士のフルラとウィンダムは、秀才達とはレベルが違うので同じ月組だが別で行う事にしたらしく、ロビーに残って仲睦まじく採点し始めた。
ビスタニアとエルガ、そしてクロスの三人は誰かの部屋で纏まって行おうという提案に乗り、そう最初に提案したビスタニアの部屋へ向かった。
招かれた二人は適当に腰かけ、問題を見ながら、教科書を下敷きにしてペンを走らせていく。
「……あれ、この陣営って最低犠牲って何人になりました?」
「……一人だな。お前の兄と偶然同じ名前の者に、たまたま性格的に特攻に向いていたからさせた。この問いは妙に印象に残っている」
「いやあ、僕もやっぱり保険を掛けたくて同じ答えにしたんだ! 皆逃げ切れると思ったんだけど、万が一失敗しても嫌だからね!」
悪意のある二名の言い訳を華麗に聞き流し、クロスはガッツポーズを決める。
「よしっ! 次が……ああ、ここから先は正解の陣を探すよりも思考力を見られる問題だと思っているんですが合ってます?」
「そうだな、正答は用意しているだろうが答えた過程として正しく、正答に近い物なら大丈夫だろう。なぁ、ミカイル……って、まさかお前もう終わったのか?」
お手伝い天使を呼び出して飲み物と好きな形のチョコキャンディを頼んでいるエルガの手にはもう赤ペンは無く、それどころか答案を書き込んであるはずの問題用紙も鞄にしまい込まれたようだ。
「ん? ああ、そうだね。特に分からない所も無かったし、そもそも僕はあまり終わった事は気にしないタイプなんだ。だからある程度で……」
「点数は? まさか貴様、満点なのか?」
気が気ではないビスタニアは食い気味にエルガに質問する。
「さあ、どうでしょう? 開けてびっくり、って方がロマンがあると思うんだけどな。焦らして焦らされて……そんな関係も素敵じゃないか?」
「まんまと誤魔化されないで下さい! ミカイル先輩、僕は教えて欲しいんですけど。流石に首席を張り合おうとか大それた事は思ってないですよ。でも興味はあります」
「そんなに気になるなら見ればいいよ、鞄の中にあるから。何もカイへの愛を綴ったラブレターじゃないんだからそんなに遠慮する事は無いさ!もしかしたら無意識に書いてしまっているかもしれないけど」
「いいんですか!? やった、そうこなくっちゃ! じゃあ、失礼して……」
エルガの軽口は無視され、鞄の中から厚い問題用紙を取り出すとクロスは次々に読み進めていく。
しかしビスタニアはエルガとクロスの中間で腰を下ろすと再び自分の答案用紙に赤ペンを走らせ始めた。
「凄いな……。しかも凄く綺麗な字を書くんですね……。あれ、ビスタニア先輩は一緒に見なくていいんですか? えっ……これ、正解二つもあるんですか!? ……一つしか浮かばなかった……」
「……ああ、どうせ明日には結果が分かるんだ。だがミカイル、結果が出たらその答案を貸してくれないか」
「どうしようかな、限定一名だったんだ。考えておくよ」
少し意地悪なエルガに思わずビスタニアの口の端が上がった。
見たいと言った癖に、自分の解答と見比べては溜息ばかり吐くクロスは自信が無くなったのか暗い声を出している。
「ミカイル先輩の頭脳があれば人生楽勝に思えるんですけど、その辺はどうなんですか? だって試験勉強なんてしてなかったし、それどころか人の世話してましたよね?」
「クロスは面白い事を言うね! 僕が一生試験問題を解き続ければいいのにって事かい? 残念だけどそれは嫌だね、君に譲るよ」
「そういう事じゃなくて……。やっぱりこれだけ頭が良いと……うわ、これも凄い……。ここ、僕間違ってるなぁ……。出世も早いでしょうし……」
答え合わせに夢中になっているクロスは、エルガの表情を見ていない。
ビスタニアは、エルガが一瞬だけ見せた酷く寂しげな表情を逃さなかった。
「人生で望むものが何かによるよ。それは皆違うし、才能が足枷になる事もある。こうして教科書に載っている偉人が全員、本当に幸せだったと言い切れるかい?」
「なるほど、じゃあお前は人生で何を望んでいるんだ?」
「ふむ、そうだね。『大切な人がいれば他に何もいらない』! なんて、夢見事言っても住む場所と最低限の物は必要だ。……その人がいる前提で、小さなテレビと好きなデザートがたまの贅沢、二つのカップとガタついた狭いベッド。そんな生活の中を手に入れたなら、僕はもう死んでもいいね」
目蓋の裏にその光景を思い浮かべているのかエルガはそう言ったきりだった。
贅沢な生活に飽きた冒険心から来る願望だとは思えない。
それほどまでにエルガの本心があまりにも熱く跡を残し、苦しくなった。