第三百四十六話 実技試験・太陽組
実技試験では昨日から溜まっていた鬱憤を晴らすかの如く、ありったけの力を発揮するシェアトは試験監督であるキティをも唸らせた。
今のシェアトは結果を気にするよりも、用意された的をどれだけ跡形も無く粉砕できるかだけにこだわっているようだ。
コントロールが悪いという致命的な短所も見られず、見事な改善をしたようだがそれは今回の試験だけかもしれない。
怪我の功名というものだろうか、本能的に動く的を察知して目いっぱいの力をぶつける事に集中している。
いつも待ち合わせをしているはずの朝、甲斐はシェアトよりも先に寮を出て食堂へ行ってしまっていた。
もちろん、それに気が付かずに彼女を待っていたというのにそれに対して何の謝罪も無かった事も苛立たせる原因だったのかもしれない。
一言も会話をすることなく、実戦場へと向かった二人の間には普段では考えられない距離があった。
この二人の様子を心配しているのは仲の良いメンバーだけで、むしろ女子生徒は甲斐とシェアトの仲が悪くなったのをとても喜んでいた。
その証拠にシェアトが試験を終え、すっきりした顔で他の者が終わるまで待機しているとすぐに女子生徒に取り囲まれていた。
普段は甲斐を恐れて近寄れず、そしてシェアトが甲斐と話しているととても楽しそうに笑っているので入り込めずにいた彼女達からすると千載一遇の好機なのである。
こんな機会を待っていたとばかりに彼女達は一人寒空の下で出番を待つ甲斐の顔色を警戒しつつも、久しぶりに話すシェアトとの会話を楽しんでいた。
特段アピールが激しいの金髪と銀髪の少女で、二人ともシェアトの両脇に座り、まるで見せつけるかのようにスカートの乱れを気にしていない。
胸元も大胆に開けられており、時折揺れているネックレスは谷間に乗り上げている。
「ねぇねぇ、シェアト! プロムどうするの? もう相手は決まってる?」
美しい銀髪の毛先を内側に巻き、長いまつ毛ときらめく目元が印象的な女子生徒がシェアトに甘い声で尋ねる。
「あ~……いや。でもあれって仲良い奴らで固まっててもいいんだろ?」
今度は金髪を外巻きにしている少女が上目遣いでシェアトとの距離を詰めた。
明るい口調と、仕草の可愛らしさ、そしてこの胸の大きさである。
「そうだけど、やっぱり恋人と踊ったりする人だっているわけだし! 良かったらあたし達と出ない?」
「お前らと? 悪い、名前なんだっけ?」
「ひっどぉ~い! あたしがアシュリー。で、銀髪がセラだよ。双子なのに名前は似てないのよね」
「ねぇ、うるさいよ。他所でやって。卒業試験、皆真剣なの。あんた達の声がキンキンキンキン耳に響いてどうにかなりそう」
甲斐が低い声で注意しつつ、三人を睨みつける。
来た来た、とでも言う様に双子は目を合わせて小ばかにしたように笑い出した。
木の下に座っていたシェアトは一瞬片方の眉毛を上げて甲斐を見る。
「今日初めて俺に声を掛けたな。挨拶にしては随分じゃねぇの」
「今のが挨拶だと思ったならシェアト、今までで一番どうかしてるね」
「……どうかしてるのはお前だろ。いい加減機嫌直せよ」
「そうかな、あたしはシェアトがどうかしてると思ってるけど。意見合わないね」
言い合えば、言い合うだけ双子は嬉しそうに口元が緩んでいく。
それに比例して甲斐の目つきは鋭くなり、口調も厳しくなってしまう。
「痴話喧嘩は試験の後にしろ。セラフィム、減点されたくなきゃその口を今すぐ閉じるんだ。トウドウ、前へ」
互いに睨み合いながら、最終的に甲斐の方から目を逸らした。
何に対しての怒りなのか得体が知れないので、それが尚更甲斐の機嫌を悪くする。
クリスに対して怒りをぶつけた時は保身的なずるさが、とてもあの素直な笑顔に不釣り合いで酷く汚く見えたからだった。
フルラを馬鹿にしていた女子達は、人として最低な気がしたし、絶対に許せなかった。
今、シェアトに対してどうしてこんなにも文句を言いたくなるのだろう。
朝に一人で食堂に向かった時、少しばかりの罪悪感はあった。
随分待ってから、遅れて食堂に入って来たシェアトがこちらを見た表情には胸が痛んだ。
実技試験が終わったら全てひっくるめて謝ろうと思っていたのに。
わざと距離を取って座り、集まって来た女の子達を追い払わずにそのまま話をし出したシェアトは、まるで知らない人のようだった。
いつも隣にいて下らない事を言って、犬歯が見え隠れするような無邪気な笑い方をするシェアトはそこにはいなかった。
鬱陶しそうにしながらも、時折近くにいる女子に触れるシェアトはモテるだろうと思ったし、見かけだって良い。
口数だって甲斐の知るシェアトからすると彼女達と話す時は少なかったし、つまらなそうな顔をしているようにも見えた。
あの状態のシェアトであれば、きっと最初から頼ろうとも思わなかっただろう。
憎まれ口を叩き、バカにされると本気でむきになり、それでも困った事があれば本気で何とかしようとしてくれる彼はどこへ消えてしまったのか。
もしかしたらあれが彼の本来の姿で、出会うはずの無かったこの世界のエラーのような存在である自分にはエラーに対しての接し方をしていたのだろうか。
そんな卑屈な考えが馬鹿げているとは思っても、太陽組で全ての事情を知っており、かつ仲が良いのはシェアトしかいない。
それに、今の自分には誰にもこの気持ちを吐き出す事が出来ないだろう。
「あああああぁぁああああああっ!」
的が現れたのさえ誰も捉え切れなかった。
ただ次々に爆発音や何かが弾け飛んで行くのを見つめていた。
早く終わった生徒達は小声で談笑をしていたのだが、甲斐の気迫と絶叫に気を取られた。
信じられない速度でクリアしていき、終わる頃には誰一人声を出してはいなかった。
「下がれ。……素晴らしい、としか言えんな。ただスタミナは大丈夫か? 次の試験もあるんだ、しっかり休んでおけ」
「……はい……」
肩で息をしている甲斐がシェアトの方へ向かって歩いている時も、二人の視線が重なる事は無かった。