第三十四話 僕を信じて
「邪魔したか? どうした? ほれ、続けろ」
出ていく前に座っていた箱の上にトレントは座るとルーカスに促す。
曖昧な返事をすると、首を振ってルーカスはこちらを向いた。
「続けるというか、これで終わりです。だから、今の僕は仮の自分っていうか本来ならもっとダメな奴なんだ。こんな風にたくさん友達がいて、なんてできる奴じゃないんだよ。ごめんね、今まで言えなくて」
「話は終わりか? ……だからお前、魔法の練習もそんなにしてないんだろ」
シェアトの全てから怒りが見て取れ、非常に苛立っているようだ。
だがルーカスはシェアトの方を見ずに、沈黙している。
「なんでだ?魔力器返したらまた暗い自分に戻るからか? それが嫌だってか? 戻ったからどうなんだよ!? お前の記憶が変わるわけでもねえし、俺達が友達じゃなくなるとでも思ってんのか!?」
「シェアト達と仲良くなったのも魔力器を持ってからだしね……」
壁を、シェアトが殴った音だとは誰も思わなかっただろう。
それほどの轟音が聞こえた。
「だから! なんだってんだよ!」
大きな声で怒鳴るシェアトをトレントは止めなかった。
「やっぱりお前、魔力器を返して暗い自分が戻って来んのが嫌なだけじゃねえか! そんななら預ける前となんにも変わってねえんじゃねえのか!?」
「シェアト、そうすぐに感情を出してはいけないよ。本人が一番悩んでいる事だろうし、決めるのはルーカスなんだから。それにルーカスがもしこの先暗くなったって 僕の後光があるし、君は驚くほど鈍いから特に問題無いんじゃないかな」
「ねえ。ルーカスの中で、シェアトとエルガはそんなに嫌な奴なの?」
「……い、いやな奴? どういう事?」
この雰囲気の中で甲斐の声は食事中と変わりがないように思えた。
「友達じゃないの? ルーカスは急に手の平返すような嫌な奴らと一緒にいるの? それとも、二人が今言っている大丈夫が信じられないの? 嘘くさい?」
まただ。
そう、ルーカスは思った。
また、甲斐はルーカスの瞳を見ていた。
ルーカスは先程の知書室での甲斐に見つめられたことを思い出していた。
こうも真っ直ぐに見つめられると、真っ直ぐに問いかけられると、逃げられない。
「……ごめん、僕が卑屈だった。皆、友達だし信じてるよ。それに……カイと競争するんだしね。ちゃんと、早く本当の自分で皆と付き合っていけるように頑張るから」
「……おう、忘れんなよ今の言葉。それに言うほど今のお前も明るくはねえぞ」
「まあ、確かにね。ちなみにあたしも今以上に暗いルーカスが見たいから大丈夫だよ。 フルラ二号みたいで楽しそうだし」
「かかカイちゃぁん!? や、やっぱり私って暗いのぉおお?」
話が一段落した所でトレントが大きく咳払いをして甲斐を手招きする。
「……さて、そこの小さい奴。魔力器を使ってみろ」
「どうすればいいのかさっぱりなんですけど」
「いいからほれ、はめろ。利き手はどっちだ? おお、右か」
パンツのポケットから出したのは銀色の三センチ程の幅で、一枚の羽がそのまま巻き付いているように見えるデザインだ。
甲斐の出した右腕のシャツを捲り上げ、手首の横からはめると一瞬だが羽全体に光が走った。
「ふむ、可動は問題無し。初めてだったな、どれ腕をそのまま回して風を集めろ」
「最後の部分が分からない。風を集めるとか急に難解なの入って来た」
「ごちゃごちゃうるさい! いいから腕を回せ! 腕に風を巻き付けろ!」
「ほら、やっぱり最後が難しい!」
バングルの腕をその場で突き出して回すと、その風が甲斐の足に触れる。
何度もトレントが目を見開いて巻きつけろと叫ぶので、腕を回しながら何度もイメージするしかなかった。
すると、段々と背中にある髪の毛が上へと舞い上がったままになるのを感じた。
「よしよし! これでいいな! もういいぞ、おい。 もういい! やめろ!」
ふと右腕を見ると小さな竜巻が腕を中心に出来上がっていた。
トレントに怒鳴られ、慌てて腕を体から離して停止させると締めていなかったバングルが反動で手首から抜け、シェアトの真横を通り過ぎて壁に当たり、直後に破壊音がして壁に一つ穴が増えた。
シェアトがその場にへたり込み、それを横目にトレントがバングルを拾い上げる。
「上出来上出来。さて、何を天秤に掛ける?」
「ちょっといいすか、耳貸して」
一瞬、そのまま言いかけたがフルラを見てトレントに耳打ちをすると、トレントの口元が更にへの字になった。