第三百四十話 甲斐とシェアト捜索隊
昨日の主要科目に比べると若干ではあるが、楽に感じるのは麻痺しているのだろうか。
座ったままの状態で眠ってしまったクロスは腰の痛みを感じていたが、試験時間を集中して乗り切った。
フルラも得意な科目が多く、随分と調子が良かったらしく昼食でははにかんだような笑顔を見せていた。
ビスタニアとエルガは非常に気に入った問題があったらしく、珍しく二人で楽しそうに話していたが、ウィンダムはその中に混ざる気はさらさら無いようでフルラの食べている皿から一口を貰う事に喜びを感じていた。
楽しい昼食の席に時間の押した星組も加わったが、甲斐とシェアトの姿は結局最後まで見えないままだった。
「あの二人、どうしたのかしら。他の太陽組はとっくに来てるのに」
「……君、もしかして午前中の記憶を失くしたの?」
信じられない、といった表情でルーカスは言う。
「や、やあね! あんなの冗談じゃない! それにシェアトがあんな脅しを気にするタイプだとは思えないわ」
「な、何かあったの? ……カイちゃん達、大丈夫かなあ……」
「その答えに百パーセントの確証をもって答えよう。大丈夫さ! 理由は分からないけど、特に二人の話題も周りから聞こえてこないし問題を起こした訳ではなさそうだしね。生きている事は間違いなしだ」
不安そうなフルラにエルガはウィンク付きのとびきりの微笑みを投げかけた。
どうやら今のアクションはフルラにとって安心効果は何一つ無いらしい。
「う~ん……。カイとシェアトが二人揃って昼食を抜くなんて考えにくいね。 シェアトが大問題を起こしたのに不本意ながらカイが巻き込まれているか、カイが些細な問題を起こしてシェアトが纏わりついているかのどちらかかな」
「そ、それは大丈夫っていうんですか? あと三十分もしないで次の試験が始まりますよ……?」
冷静な分析をするルーカスにクロスは若干引いている。
溜息をひとつこぼしてから、ビスタニアは立ち上がった。
「仕方ない、少し探してくる。お前達は先に行ってろ」
「僕も行くよ。切れ者二人が探せばどんな人物だって出て来るさ。ああ、もしかしたら僕一人で探してもこの輝きに惹かれて飛び出してくるかもしれないね!」
エルガが立ち、そしてクリス、ルーカスと続く。
「わ、私達も探すわ。手分けした方が良いでしょう? 次の太陽組の教室を私も探してくるわね」
「そうだね、こういうのは人数が多い方が早いよ。でも各自、試験時間には必ず教室に戻る事にしよう。きっと大事があった訳じゃないだろうし、自分達を探して試験をすっぽかしたなんてカイが知ったらきっと怒るよ」
「わ、私は前の試験教室を見て来るねぇっ……!」
「私達、だろう? いつになったら君の中に僕が存在するんだい? あーあ、まあかくれんぼだと思えば楽しいかな?」
こうなってしまえば、仲間外れが嫌いなクロスも参加するしかない。
「ぼ、僕も……探します。見つけたら何発か撃ち込んでもいいんですよね?」
「何を撃つのかによるな。……じゃあ、また夜に。前の太陽組の教室へは俺とミカイルとクロスで行く」
以前に森に入ったメンバーで動けるのがどこか嬉しいクロスはまんざらでもない顔をしていた。
それぞれがその場から散る。
フルラとウィンダムは前の教室へ向かう道すがら、太陽組の女子生徒に話を聞くことにした。
フルラが甲斐の為にアイリスに声を掛けるのはこれで二度目だった。
以前のバスタオル一枚を身に纏って飛び込んできた話を茶化しながら話され、赤くなったフルラに笑いかけながらアイリスは協力してくれた。
「あれあれ、そういやあのおチビどこ行ったんだろ? 試験が終わる前におチビが悲鳴上げてたのは知ってるけど、なんでもなかったとかなんとかで……。それからは……んん~? 一番最初に立ち上がってどっかに走ってって、それをシェアト君も追い掛けてたよ?」
「そ、そぉなんだ……。アイリスちゃん、その、ありがとう」
「恩に着るよ。僕のお嫁さんはカイちゃんの事に関すると性格が変わるみたいだね、カイちゃんが羨ましいなあ」
「……う、ウィンダム君だってビスタニア君に対して一生懸命でしょ? そういうものなの!」
このカップルのやり取りに砂を噛んだような表情を見せたアイリスは唸り声の様な音を上げると手を振って行ってしまった。
彼女から聞いた情報により、やはり次に使う教室付近を探してみることにした。
試験が終わるころに、甲斐に何かがあったようだ。
ウィンダムはフルラのペースに合わせて走り、到着した頃には試験に備え、もう着席している太陽組の生徒達を覗いているクリスとルーカスの姿があった。
「あら、フルラ……。まだカイもバカ犬も来てないみたいね……。あと二十分もないのに…近くの教室を見てきましょう」
「うん……私達は突き当り右に行ってみるね。準備室とか沢山あるし……」
二人が別れようとした時だった。
甲斐が空き教室となっている場所から、中にいる誰かに対してか、激しく怒鳴りながら飛び出してきた。
思わず釘付けになっている四人の元に走って向かって来る。
声を掛けようとした時に甲斐の両目が赤くなっているのに気付き、どちらも言葉を飲み込んでしまった。
「おっと! ……ごめん、なんでもないから。もう、時間じゃない!? 皆、探してくれたの? ありがと……戻ろう」
誰の言葉も待たずに甲斐は教室へと消えてしまった。
ゆっくりと甲斐が飛び出してきた空き教室からはシェアトが重い足取りで姿を現したが、その顔は呆けているようにも、何かに失望しているようにも見えた。
「シェアト、何が……」
「なんでも、ねぇ。悪い、試験前にゴタゴタさせて」
その声はあまりにも小さく、誰もこれ以上彼に話しかけることは出来なかった。
押し迫った時間がもどかしい。
それぞれが不完全燃焼をしたまま、試験時間に間に合うにはかなり危なくなってきていたので戻る事にした。
甲斐とシェアトの間で何かがあったのは明白だったが、試験が終わってからそれについて聞いていいのかは分からなかった。