第三百三十九話 卒業試験・二日目開幕
「んじゃ、皆……がんばろー! えいえいおお!」
「なんだその間の抜けた声……。俺は今日はやるぜ! むしろ今日やらなきゃ死ぬしかなくなる……」
甲斐とシェアトは意気込みが十分である。
二人で天井へ向けて拳を突き上げている。
「どうしてまだ自殺しないのか不思議でならないです。では、ご武運を」
太陽組とは反対方向に月組の試験教室があるので、面倒事が起きる前にクロスは言うだけ言ってとっとと行ってしまった。
「カイちゃんっ……試験が終わったら、卒業式まで遊ぼうね!」
「そういう事言う人って映画だと死んじゃうよね。自分でフラグ立てないでよ」
「フルラちゃんが死んだら嫌だなあ。あっはっは、まあなるようになるさ。また昼にね」
ぺらぺらと卒業後の計画や新居の話をしているウィンダムはこれから卒業試験を受けるような面持ちには見えない。
赤くなったり、青くなったりと忙しいフルラの肩を抱いて行ってしまった。
人が少なくなるのを待っていたのか、ビスタニアがようやく甲斐に話しかける機会を見つけたようだ。
「……おい、手を出せ」
「ん? ほい。なんかくれんの?」
言われた通りに右手を差し出すと、ビスタニアはその手に合わせ、軽くタッチした。
「これで頑張れそうだ、ありがとう」
ふっと笑うビスタニアの手を思い切り握ったのはシェアトだった。
両手で握りつぶす勢いで力を込めている。
「俺からもおおおおおほおおらあああああガンバレヨオオオ」
舌打ちが聞こえた直後に握られている手の隙間から黒煙が上がり始めた。
突然シェアトが奇声を上げて手を離した。
握られていたビスタニアの手は彼の魔法により、赤く燃え上がっていた。
「……チッ。汚らわしい……。それじゃあ、行って来る。また、後で」
「あ、うん。グッジョブとしか言いようがないね。……ほら、行くよシェアト」
「ふざけんな! こんな火傷してる手でペンなんて持てるかよ! 延期だ延期! 全てはあいつのせいだ!」
火を消そうと転げ回っていたシェアトは激しく吠えたてる。
だがタイミングが悪かった。
「誰のせいだっていうの?ぜーんぶ見ていましたからね! どこまで底抜けに頭が悪いのよ!? 貴方がビスタニアに余計な事をしなけりゃ怪我をする事だってなかったでしょう!?」
流石に同情したのか、ルーカスがシェアトの手を取り、状態を見る。
「クリスの言う通りだとは思うけど……ほら、早く手を出して。なんだ、この程度なら今すぐ治せるよ。流石はビスタニアだね、感謝した方が良い。もっと炭化してるかと思った」
「そんなことするような一触即発な奴なら俺だってあんな簡単に絡んだりしねぇよ! お前ら人の心っつーもんがねえのか!?」
炎に触れていた右手をルーカスに預けながらシェアトはまだぶつぶつと文句を垂れ流していた。
「はい、終わり。もう大丈夫でしょ? こんな調子の君が大人しく机に向かって座っていられるのか本当に心配だよ」
「一緒のカイが不憫でならないわ……。同情するしかないわね……。あんまりカイに迷惑をかけないでよ!? 馬鹿が馬鹿を見るのはいいけど、カイまで巻き込んだら承知しないんだから!」
「ルーカス、お前魔力器無しでこんな早く治療できるんだな! 光無き神の子様々だ! お前には感謝してるぜ、だからこそ言うんだ。この女狐と別れた方が良い。友人としての忠告だ。四六時中こんなキャキャン吠えられたんじゃうるさくて敵わねぇだろ!? それか医療系に詳しいんだから毒でも盛って二度と口がきけないようにしてくれ! 頼むぜルーカス!」
間髪入れずにクリスがシェアトの背中を思い切り叩いた。
そして耳を引っ張り、彼の鼓膜を破ろうとしているのか凄まじい声量でまくし立てる。
「あ・き・れ・た! 言うに事欠いて恋人と別れろですって!? 誰が女狐なのよ!? 私がキツネならあんたは犬っころじゃない! ああ、犬は頭が良いからアンタは違うわね! 犬に失礼だったわ! 医療系に詳しいのは貴方の優秀な友人だけじゃないのをお忘れなく! 無味無臭の毒なんて腐る程あるのよ! 覚えておきなさい!」
思い切りシェアトの顔に指を突きつけているクリスをシェアトから引きはがそうとルーカスが腕を引いている。
「シェアト! クリス! 落ち着いて! カイもちょっと楽しそうな顔でにやついてないで止めて! ほら、行くよ! もう時間が無いから!」
「ほら行くよーシェアト。犬よりバカって悲しいね、そんなのが卒業試験パス出来るとは思えないけど頑張れよ!」
「アッタマ来た! カイまでそんな事言うのかよ!? 絶対何が何でも卒業してやる……。それにしてもあの女、頭おかしいんじゃねぇのか? 最初はお前が頭おかしいと思ってたけど今になっちゃ可愛い奴だし、まともそうに見えてたあのマドンナみてぇなクリスの中身はイカれた殺人犯みてぇな奴だしこの世の中訳分かんねぇな!」
「聞こえてるわよ! 寝てる間に無痛魔法をかけたまま解体してやるから! 生きたまま臓器が抜かれている感覚を味わわせてあげる!」
背後からかなりドスの効いた怒鳴り声が追い掛けて来た。
シェアトは一瞬身震いすると、そそくさとカイを連れて教室へ向かった。