第三百三十四話 卒業試験・星組
「クリス、落ち着いてちゃんと問題をよく読むんだよ」
ルーカスの優しい声も流石に試験直前となると固くなっている。
それなのに心配されている側のクリスはすっとんきょうな事を言い出しているのだ。
「もう! 音読出来たらいいのにどうして駄目なのかしら? 試験の度に思うけど、私たちの筆記試験の難易度は異常よね? 問題でページが一枚埋まっているのよ? 読んでるだけで眩暈がしそう!」
「試験開始と同時に教室内がノイズで溢れ返ったら僕は試験を投げ出すよ……。問題文が長くても、そこからポイントを見つけて何を聞いているのか探すんだよ。全部読まなくてもいいんだ」
試験監督はシャンだった。
相変わらずマイペースな彼女は、柔らかい物腰と笑顔で生徒の緊張を和らげた後、ゆっくりと試験開始を告げる。
通して二教科の試験が始まった。
医療魔法・発展と最新医療高等技術の二つはどちらも難解であり、覚える事は無限に広がっている。
問題として配布されている紙は何かのレポートのように厚く、小さな文字がびっしりと並び、クリスは何度も行を読み飛ばしてしまった。
「(なんなのよ……。こんなお偉いさんの論文なんて見たって何が何だか分からないじゃない……。そもそもこの細胞の自己再生の論文なんて授業で取り上げてたかしら……? ああ、もう声に出して読みたい……。『である』、なんて偉そうな書き方にも腹が立って来たわ……)」
冒頭から苦戦しているクリスと対照的に、ルーカスは自信のある解答を書き込んでいく。
「(ああ、最初は初歩的な問題か……。肩透かしを食らった気分だけど、良かったかな。答えも全部論文に載ってるし……)」
二人が解いているのは勿論、同じ問題である。
「(ダメだわ……一問目からとうとう何を聞いているのか分からない……。それに対する答えの場所も見当たらないし……。 よし! 一問目の解答は……『解無し』、っと)」
「(クリスがやっと答えを書いたみたいだ……。良かった、最初で躓くと焦っちゃうだろうから……。二問目は状況描写もあるし、患部の映像もあるから見た目の外傷の治療法と気になる打撲部分が他に無いかを確認して書けばいいのか。ちょっと面倒だな……)」
隣り合って座る二人はルーカスがクリスの様子を伺いながら、同じペースで問題に取り組んでいる。
「(あら……? なんだ、二問目は簡単ね。治療法を書けばいいんでしょ? こんなサービス問題があるなんて! ラッキーだわ! 『治療魔法をかける』、っと。さて次は~……)」
「(えっ!? クリス、もうページをめくった……? 書くのが早いのかな……? いくら簡略化しても五百文字以上にはなるはずなんだけど……。ああ、時間が掛かるから飛ばしたのかな?)」
余裕のあるルーカスの隣で、全く違う方向へエンジン全開で走り出したクリスは止まらなかった。
長文問題にも引き返さずに立ち向かう彼女の意気込みは良いのだが、しっかりと読んでおらず、また理解もしていない為に著者の名前を治療法と思い込んで解答したり、医療に関係無い者は誰かという選択問題にも堂々と教科書の表紙になっている者の名を書き込んでいた。
「(……あら? もしかして最初に終わったのは私? まだ皆書き込んでいるし……。 私って本番に強いタイプなんだわ! さーて、残り時間は何をしていようかしら。もう次の教科に入ろうかなあ。ルーカス、私やったわよ!)」
「(クリス……もしかしてやってない問題があるんじゃないかな……。まだ長く悩んだり、考えるような問題に当たっていない僕が半分の辺りなんだから……。 あっ……胃が痛くなってきた……)」
クリスのせいでルーカスがピンチに陥ったなど、彼女は知らずに上機嫌である。
「( それにしても、『治療魔法をかける』って答えが十個以上もあると思わなかったわ。絶対に点を取らせてあげようっていう気持ちがちゃんと伝わった良い問題でした……。ライファ先生かしら……? どうしよう、私ルーカスより良い点だったら……)」
「(答えを導き出すのが難しくなってきてるな……。勉強不足な人はかなり点を落とすだろうし、平均点が下がりそうだ……。 そしてクリス、君はどうして見直しもしないで爪の甘皮を剥いてるの……?)」
優しく聡明な恋人の想いは一切届かず、試験は終わった。
問題用紙は持ち帰れるので休憩の間、次の試験に備える者と答え合わせをする者に別れた。
上機嫌なクリスは問題を持ってルーカスのすぐ横まで椅子を引き寄せ、答え合わせをねだった。
「聞いて、ルーカス! 私かなりいい出来なのよ! まず、一問目は『解無し』でしょ!? それから~……」
「ごめん、今なんて!? か、カイがどうしたって!?」
「違うわよ! ここは答えが無いのよ。二問目はね!」
「クリス、クリス。君は一体何を言っているんだい? ……今までの試験で答えの無い問題なんてあった? 無いよ! それは君の中で、の話だろ!?」
きょとんとしているクリスを見ていると、ルーカスはまるで間違った事を言っている気持ちになる。
「きゃあああ……! うそお……? でも二問目からは大丈夫よ、治療魔法をかけるのよね!?」
「そうだけど……えっ? ……治療魔法を……かけるけど……。その、内容を聞いてるんだけど……まさか、まさかだよね? 君、治療魔法をかけるなんてそんなふざけた解答を書いてないよね……? そんな……当たり前の事を……!」
「……次の問題にいきましょ……?」
激しく、ルーカスの胃が捻れたような痛みを発していた。