第三百三十三話 卒業試験・太陽組
精神的に重傷を負っているシェアトと共に教室へ入ると、先に席についている生徒達の緊張が大きな波となって押し寄せて来るのを感じた。
誰一人私語をせず、残りの時間で最終の仕上げをしていたり、目を閉じてじっと担当教員の入室を待っていた。
甲斐とシェアトはいつも通り好きな場所を選んで並んで座ってみたが、二人共筆記用具以外を持って来ていないのでする事が無い。
トイレで化粧を直していたらしい女子達が最後に座り、空席が埋まり切るとギアが教室に入って来た。
「卒業試験を開始します。この教室内にかけられている魔法では不正のしようが無いので、そのつもりで。まあ、ここで不正をしてまで良い点を取ろうとする努力と勇気は認めますが、デメリットの方が大きいのでどちらが得かをよく考えると分かると思います。続けて三教科、二時間半を通して行います。時間が来れば解答用紙は転送されますので」
三つに分けて束ねられた白紙が机の上に現れた魔方陣から出現した。
筆記用具を机に並べる音が一斉に鳴る。
「それでは解答用紙も出します……。体調が悪いなら先に申し出て下さい。私の顔色はいつも通り悪いですが、今日も体調は勿論悪いです。体調の良い日というものが最近ありませんからね……」
恐らくギアはシェアトの青い顔を見て声をかけたが、体調というよりも今この瞬間がかなりまずいというだけだ。
誰一人口を開かなかったので、解答用紙を全員分に行き渡らせると初めてギアは大きくはっきりとした声を出した。
「卒業試験、開始! ……うえっ……げほっ……カハッ……」
かなり酷くむせ込んでいるが、誰も顔を上げなかった。
白紙のページにまるでインクをこぼしたかのように黒い文字がびっしりと広がっていくのは圧巻だ。
太陽組の最初の教科は『攻撃魔法・応用A』だ。
何と何を組み合わせたら何の効果が得られるかや、相手にとってどれが一番厄介かなど多種多様な実戦的知識を如何に理解しているかを問われるものとなる。
また、魔法式と呼ばれている、どの力をどの位の配分で放出した場合の相殺する他の式を記入していく問題がかなり難解だが配点が高く落とすと痛い。
他にはやむを得なく魔法を使用する場合の注意点や、基礎的な問題、そして魔法に関して特殊な法を設けている国の問題があった。
「(あっらー……これまた意地悪な聞き方ばっかしてくるなあ……。式計算でも答えは暗記してたけど、過程が書けない……。おっと!)」
甲斐は考えながら焦らないようにと一定のペースでペンを回していたところ、取り落としてしまった。
どうにか左手で掴んで事なきを得たが、その左手に何かが飛んで来た。
水らしい。
それにしてもどこからだろう。
ちらっと眼の端で左を見ると尋常じゃない汗を掻きながら唇を震わせているシェアトが見えた。
時々発作の様に頭を大きく左右に振って息を整えている。
その時に額に溜まった汗が四方八方に飛散していくのだろう。
「(やべえよ……やべえよ……。なんだあれ……。私の隣がクレイジーだよ……! 気付け! ギア! なんで自己申告制なんだよ! どうみたってコイツおかしいじゃん!)」
甲斐の口元が引きつった。
しかしギアは白目を剥いてゆらゆらと揺れているだけで、全く見ていない。
シェアトはというと、自分の汗など気にしていられる余裕は皆無だった。
「(何一つ分からねぇ……! この手の震えはなんだ……? この震えにペンを合わせたら文字みたいに見えるんじゃねぇか……? おっ……選択問題があるな……。四択か……こういうのは三番を選びがちだからな……ここは二番から始めるか……)」
異様な雰囲気は甲斐の動きを止めた。
「(隣絶対分かってないよ! 逆に分かり過ぎてるのかもしれないけど、どっちにしても心の負担が表に出過ぎてるよ! 集中しなきゃ……。ていうかシェアトがもし卒業できなかったらまずいんじゃ……? あたしが部隊に入る意味も無くなる……?)」
こうなったらどうにかしてサポートをしてやろうかと思ったが、更に考えた結果、来年にでも上手くいけばシェアトが『W.S.M.C』に入るだろう。
卒業できなかったとしてもさして問題が無い事に気が付いた。
「(まあいいや。今年はシェアトが卒業できないとして……。うん、この様子だとたぶん駄目っぽいなあ……。あー、今度は貧乏ゆすりだよ……。やめろよ、机が上下に細かく揺れるからペン先が当たっては離れるせいで解答欄の答えがモールス信号みたいになってるじゃん……)」
「(ちくしょう……こんな事なら卒業試験までの毎日、 バレないカンニング魔法を編み出しておきゃ良かったぜ……。このままじゃあのクソガキ悪魔の予言通りになっちまう……。もしかしてあいつ、黒魔術かなんかに傾倒してんじゃねぇのか……? ただでさえ暗い性格だ、ありえるな……。そんで俺に呪いを……!?)」
「(隣くっっだらない事考えてんなきっと……。 あーもうこの通し試験が終わったら午後の試験はまともな人の隣で受けよう……。集中しないと……あーこれなんだっけ。シェアホのせいでアホが移って来てる……!)」
それぞれの思いが交錯している中、一枚目の解答用紙が回収された。
ガタガタと椅子を鳴らして解答用紙を強く掴んだまま逃すまいとしていたシェアトはとうとうギアの魔法で硬直させられていた。