第三百二十三話 W.S.M.Cの面接
甲斐が行き着いた先の部屋には、何も無かった。
その『何も』、という表現には椅子はおろかこの部屋から出る為のドアさえも含まれている。
どうしたらいいだろうかと考えていると部屋の中心に魔方陣が展開した。
「……時間より早いな。私が面接官だ。……さて、お前には聞きたい事がある」
現れたのはこれまで試験監督を務めていたダイナだった。
初対面の大人に面接をされるよりもまだ気持ちが楽になる。
「……あの、東藤 甲斐です。フェダイン魔法学校……あ、いや、フェダイン魔法訓練専門……? と、とにかくフェダインから来ました。よろしくお願いします」
「……勿論分かっている。フェダイン? 異世界からの間違いだろう」
異世界から来たことを突っ込まれると思っていたが、こうも無遠慮に言われるとは。
笑うべきか怒るべきか迷ったが、深呼吸で流した。
反応を見せなかったことが不満なのか、一瞬眉を上げて更にダイナは挑発的に続ける。
「何故異世界から来たお前がこの部隊を希望する?」
「友人が、ここに入ると言うので」
やってしまった。
もっともらしい理由を言うようにギアに言われていたはずなのに。
学校名がすんなり出て来なかったことに対して焦ったのか、ダイナのこの態度に腹が立っていたからか。
いや、むしろあれだけ練習させられた綺麗ごとではなく、響きは悪いが本当の理由を正直に話したんだ。
相手を納得させられるならいいだろうと後付けの理由で焦りを打ち消す。
「そうかそうか、それは男か? ん? 友人、なんて言い方をしているがそれは恋愛感情があるのではないか?悪いがそういった面倒に繋がりそうなものはこちらとしても遠慮したい」
まるで断る理由が見つかって心底ほっとしているように聞こえる。
「いえいえいえいえ! 本当に大切な友人で。良くして貰ったんです! あ、まあ、彼に限らず友人はとてもいい人ばかりで参っちゃうんですが。聞きます? 凄い一人ウザい金髪もいるんですけど」
ペラペラと話し出した甲斐を目を細めて威圧しているつもりなのか。
それよりも目が死んでいるギアと日々向かい合って来た甲斐には通用しない。
「あ、そう。じゃあ今度教えますね。あたしも卒業したら、せっかく受け入れてもらったこの世界の役に立ちたいとも思ってますし……自分で言っててびっくりした……。ここ数年で一番まともな事を言った気がする……。その中で自分も入れて役立ちそうな職がここだったってだけです。もちろん、その友人がきっかけで知ったんでさっきのもホントなんですけど。……もしこんな志望動機がどうこうとかなら、どうぞこのまま落として下さい」
観念したように両手を上げる甲斐とダイナは見つめ合っていた。
「ここに入れたからといって、その友人と同じチームや配属先になれるとは限らないぞ?そうなってからやっぱりやめた、なんて理由など聞けん」
「ゆとり教育世代だからなとか思われてんのかなこれ……。ああ、こっちの話ですわ。大丈夫ですよ、ちゃんと責任感……とか色々持ってやりますから」
ガッツポーズを見せたがダイナはとうとう背を向けてしまった。
「トウドウ、お前は以前にうちの部隊で体験に来たな? そのときにケヴィンが殉職したのを目の当たりにしたはずだ。それでも尚、志願を取り下げなかった。何故だ?」
「……あー。ケヴィンの事は本当に残念だったと思います。 本当に思ってますよ! ちょっと口下手なだけですから睨まないで下さい。でも、あたしはあの時怖いと思うよりも何も出来なかった事の方が辛かったんです。もしもあの時あたしがもっと強かったら、ケヴィンを助けられたのかもしれない。でも後悔したってどうしようもない。だから、これからもっと力を付けて毎日命のやり取りをしてる皆さんと一緒に戦っていきたいんです」
「……それは結構。だが、この世界で死んでもいいのか? 元の世界に戻ろうという思いはもう無くなったとでも?」
死んでもいい訳が無い。
そう口をついて出そうだった。
それに元の世界に戻ろうという思いが無くなるなんて、ありえるのだろうか。
「それは……正直、こっちの世界に少ししかいないけど お祭り騒ぎで楽しくやらせてもらってるから……信憑性とか無いでしょうけど……。前の世界に戻りたいって可憐に儚く泣き暮らしてた訳でもないし……。でも、戻って両親を安心させたいなとかそういう気持ちはあります。ただ、どうしたって戻れないし……。この世界に自分に出来る事があるならやりたいなって思ってるだけです。どっちの世界もあたしにとっては大切ですから」
「戻ろうとはしているのか? 本当に?」
改めて問われると、自ら何かをした覚えは無い。
勘違いとはいえ、日本に無理矢理送られた時だって魔方陣の中に飛び込むのを躊躇してしまっていた。
ダイナは返事を待たずに、話を続ける。
「お前を我が部隊に入れるという事は、監視の意味も含んでいる。お前が力を付ける事をこの世界は良く思っていないのを忘れるな。しかし、お前が正当な理由で命を落とすというのは願ってもいない話でな。そのラッキーな出来事に期待してこの度、我が隊の受験許可が下りたのだ」
「あたしが死ぬのを待ち望まれてるのも、世界的に驚異的な存在という人生で中々無い注目を集めてるのも全部分かってるんで。学校から出れないあたしが出来た事と言えば去年、こっちにいるはずだった本当のあたしの家に行ってみたりした位ですけどランラン……ああ、校長が方法を模索してくれてるらしくて……」
ごにょごにょと歯切れ悪く説明を始めたが、ダイナは特に興味が無いらしく首の骨を鳴らしている。
「……敬語なのに何故だろうな、徐々に距離が近くなってきている気がするのは。私からはもう聞くことは無い。後は結果を待っておけ」
「これで面接終わり!? あれ、もっとなんか……」
「私からはもう何も聞く事は無い。同じ事を言わせるな」
「あ、じゃあ一個だけいいスか? にこりともしないけど、もしかして長年の戦いで笑顔を失ってしまった悲しい戦士って事ですか? いや、そうならちょっと同情します」
「……ここが密室で、お前と私しかいない事を忘れたようだな。私に軽口を叩いたのも、面接でここまで個性を出してきたのもお前が初めてだ。どうだ、ここで人生を終わらせてみるか?」
口の端だけを上げたダイナは真顔よりも恐ろしい顔をしていた。
ひたすら日本式に体を折り畳むように頭を下げ続け、大声で謝罪を繰り返す。
ダイナの口調的にも全く笑えず、冗談とは思えなかった。
「何してんだお前……?」
外に遊びに出ていたシェアトが声をかけても、甲斐は謝罪作業を止めなかった。
半ば強制的に連れて来られてたクロスは確実に甲斐が落ちたと悟り、やはり自分が頑張らなくてはと決意していた。