第三百二十一話 『光無き神の子』の子の一人
「おい、エリート君がお目覚めだ! ……え?何!? おいおいマジかよ、気が合わなかったら落として良いか? なんだよ、俺の判断ならそういう事だろ? ……バカやめろ! 俺のチェリージュースをトイレに捨ててみろ! 人が便器の水を旨そうに飲む光景を見たいのか!? 俺はやるぞ!?」
最初に思ったのはうるさい、だった。
どこかシェアトに似た雰囲気を持った青年が覗き込んで来る。
黒い髪の毛をオールバックにして、ぎょろりとした大きな目を見開いてこちらへおどけた顔を見せている。
目が合ったのを確認すると、幼い子供に聞かせるような子守歌を歌いながら遠ざかった。
やっと二次試験の途中で倒れた事を思い出し、悔しさと不甲斐なさでどうしようもない気持ちになった。
もうこれで全てが終わってしまったのだ。
精一杯取り組んだ、しかし結果は伴わなった。
これだけ努力したに関わらず、試験中に意識を失ったのだ。
あれだけ熱心に取り組んでくれたエルガや、彼を説得してくれた甲斐に心から申し訳ないと思った。
それでもフェダインへ帰りたいと思うのは、不思議な事だと思った。
「あー、ハロー? 分かる? 通じてる? オッケー、大丈夫だ。体は起こせるか? 起こせるだろ!? やめろよ、マジで。ビビらせんな!」
茫然としているルーカスに、青年はしつこく話しかけて来る。
「おほん、俺はジャック! ジャックっぽい顔してるだろ? あー、合格おめでとさん。あのセクシーなドールは全ての怪我と病気が治ったぜ。治療時間も他の者に比べて君が一位さエリート君。おっと! 勘違いしてくれるな! 早けりゃいいなんてもんじゃない、アッチの話もそうだけどな!」
ぼんやりしているルーカスの瞳に、みるみる光が戻ってくる。
鈍くなった思考のエンジンがかかるまでには時間が掛かった。
「合格!? 合格したんですか!? 僕が!? 本当に!?」
「ここには、君と、俺しか、いない。意味が、分かるな? 合格者は、君だ」
何か都合の良い夢を見ているのではないかと思った。
その言葉を信じられたのも、若者らしい恰好をした彼のトレーナーの胸元には『Child Of God Without Light』と書かれたロゴと両手を翼に見立てたマークが刺繍されていた。
ジャックが通信魔法で先程誰かと話していた内容からすると、本当に二次試験を突破出来たようだ。
「でもな、お前……自分を省みないのはいかがなものかと思うぜ? ダメだろ、もしあれで間に合ってなかったらドールちゃんだって助からないしお前はもう駄目だった。意味分かるか? 命を賭けた博打なんて打つもんじゃねぇっつってんの」
「そう……ですね。すみません。気が付いた時にはもう霧に包まれていたので……混乱してしまいました。徐々に広がる斑点を見ていたら、優先すべきはあの人形だと……思ってしまって……」
「まあでもまだ高校生だろ? フェダインだっけ? エリート校からの生徒だし、あんまり期待はしてなかったけど度胸も十分だな。最初の誓約書もすんなりサインもしたし、そういう優先順位は後から覚えてきゃいいんだ。で? 気持ちは決まってんの?」
若く見えたが、幾つもの死線を走り抜いて来たのだろう。
彼の持つ目も、言葉も、どれを取っても重みがあった。
冗談めかした口調の中に、とても太く、頑丈な芯があるようだ。
「……はい! 光無き神の子として命の現場に行きたいです。三次試験も突破してみせます」
途端にジャックが笑い出した。
それは嫌な意味を含んだ笑いでは無く、純粋に何かがおかしかったのだろう。
その笑う顔もどことなくシェアトの笑顔に似ていて、ルーカスは親近感が湧いた。
どうやらどこにでも似たタイプの人間というのはいるらしい。
「今のが三次試験だよ。さっき聞こえてなかったのか? ああ、そっか通信魔法だから俺にしか聞こえないのか。分かってて話してんだと思ったよ。合格合格」
今日はとことん驚かされる日だと思った。
「俺は糞真面目なタイプが嫌いだからな。そういう奴は冗談も通じねぇし、仲間として動く俺達のチームワークに摩擦を生じさせる。だからあえて俺が面接官を任されたんだと。さあさ、卒業したらお前も仲間だ。心変わりとかすんなよ? あー心配だ! 信じてるぜ?そうと決まったら早く戻りな! 俺のチェリージュースが汚水に変わるかと思うと、お前みたいなお子ちゃまと話してる時間が勿体無ぇや」
面接というよりも、ただジャックがまくし立てていただけだと思う。
それに椅子どころかルーカスはベッドの上でなんとか上半身を起こしているだけだ。
何をどう見て合格なのか分からなかったし、こんな軽い形での合格なら明日にでもジャックの機嫌が悪いと急に不合格にされそうな予感がした。
「なんだよその顔!? ああ、そっか、じゃあ今夜までにお前んとこの校長に合格通知出してやるよ! じゃ、またな!」
「またなって……えっ?」
「SODOMから買ったウィルスだし、試験用に用意した奴だ。安心しろ、もう薬を打ってある。若干の怠さはあるだろうが、数時間すりゃ治るぜ。誰にも移らねぇし。もう行ってもいいか? じゃあな!」
やはり『光無き神の子』のメンバーなだけあって、頭は非常によく回るようだ。
この軽快さもわざとそうしているのだろうか。
思っていたよりもフランク過ぎるメンバーに驚いたが、瞬きした瞬間に校庭に投げ出されていた。