第三百十七話 W.S.M.Cの筆記試験
仲間達に盛大に、そして大袈裟に見送られながら甲斐とルーカスはそれぞれの試験場へと送られた。
初めて甲斐は他の魔法学校の生徒と試験会場で顔を合わせる事となったが、やはり特殊部隊への入隊試験だからか、女子生徒の姿は見えなかった。
それどころか、あまりにも屈強な肉体を持ち合わせた男子生徒達が色々な意味でギリギリな制服を纏って入室してくる度に試験会場を間違えたのか、それとも筆記では無く体力検査だったのかと不安感が増していく。
普段一緒にいるシェアト達がどれだけ細く、顔が整っているかを実感した。
そもそも甲斐からすると皆外国人なので、とても綺麗な瞳と髪の色をしているのだが、体つきがおかしい。
エルガの細さであればウエストを片手で掴み、そのままフレッシュジュースを作れてしまいそうだ。
それにしてもここにいる皆、とても老けている。
甲斐に至っては留年しているようなものなのに、ここにいるとどう見ても誰よりも幼く見えるだろう。
皆の首元までしっかりと留められているボタンを見て、甲斐はようやく自分の服装が普段と変わらず着崩している事に気が付いた。
そっとボタンを留めるとどうにも首周りが苦しい。
ネクタイを締め直したが、数秒後には手が自然と緩めようとしてしまう。
制服をしっかりと着こなした甲斐を見て、女子が受験する事に対する内なる驚きの他に、有名校であるフェダインの生徒だという事実が加わったため周囲はざわめいていた。
隙を見ては甲斐をよく見ようとする無遠慮な視線を気にしないようにしていたが、とうとう一度怒鳴ってやろうと立ち上がった時に試験官が入室した。
「……座れ。……フェダインの生徒か。私は試験官のダイナだ。ここにいる全三十五名が筆記試験対象者となる。今回、推薦は二名。それ以外はお前達だ。採用人数は決められていない。全員不合格もあり得る。時間は二時間。これが終われば適性検査を受けてもらう。点数開示は無し。次に進むものだけに二次試験の概要が学校から伝えられる。以上だ」
どうやら一切の質問は受け付けないらしい。
細い目をして癖毛を手入れせず、自然な状態で頭に乗せたような髪形のダイナは普通の中年の男だった。
確かに軍人らしく、体の中心を揺らさない特殊な歩き方をして、上官らしい威圧感尾ある声で全てを伝えると前に手をかざした。
すると生徒達の鞄や、机の上に出されていた教本、問題集を集めると次々に自分の足元に積み上げていく。
似合わないグレーのスーツが動き辛そうだが顔は無表情だった。
「始めろ」
そう言われ、一体何を始めるのか思っていたが机の上にはいつの間にか分厚いプリントが乗っていた。
泡を食って全員がページを捲る音が響く。
「(これっ……エルガの作った問題だ! 解ける……解けるよ!)」
苦手な重い雰囲気に負けないように、いつか見た学習教材の販促用漫画と同じようにテンションを上げながら心の中で呟いてみたが、そんな事をしている間に他の生徒が甲斐よりも先に次のページへ進む音が聞こえた。
嫌になるほど叩き込んだ攻撃魔法の各系統の強化方法、弱点、応用法を出来る限り多く書き込んでいく。
ギアに補足してもらった地図の見方や、攻めるべき場所、合理的で効率の良い陣の組み方も非常に役に立った。
「(普通の女子高生だったのに、いつしかこんな物騒な知識で頭がいっぱいに……。 サナダムシ調べてた方がまだ可愛かった気がする……。女子的にどうなの……まだ生き物に興味があって~とか言ってた方がいいんじゃ……)」
だが、ギアとエルガに、感謝するしかない。
どの問題も予想として作られた問題で見た事があったし、選択問題も迷う事は無かった。
苦手な問題はあっても、解けない問題や自信の無い選択も無かった。
これは中々高得点かもしれない。
最初こそスイッチが入らずに出遅れたが、一番先に筆をおいたのは甲斐だった。
そしてもう一度問題を見返して、答案を確認していく。
試験時間の半分の時間で解き終え、見直しにもう一時間を使う事が出来たのは彼女だけだろう。
「やめ。このまま五分の休憩だ。五分後には適性検査が始まる。用を足すなら私に言え。ここから便所まで直接繋いでやろう。……誰もいないのか?漏らしても減点はされないが私が選考に関わる事を忘れるな」
誰も立とうともしなかった上に笑わなかった。
ダイナは何度か頷きながら両手を上げると、少しだけ声を大きくした。
「気難しい入隊希望者ばかりという訳か、オーケー、次に進もう。学力が高くとも適正が無ければ合格はしないからな。しかし己を偽る事は出来ない。始めろ」
今回は机に注目していたので甲斐はプリントが出て来る瞬間を見る事が出来た。
机の上に魔方陣が展開され、それが光った瞬間にプリントが出現していた。
詠唱が無いのは当然としても、これだけ大人数に宛てて質量を一瞬で移動させるのは流石としか言えない。
あとはこの適性検査のみとなったが、これだけは問題予想も無かったのだ。
やはりそういうものなのかと思っていたが、元の世界で適性検査を受けた様な気がした。
明らかに良い人ぶっているような解答にならないようにと変な気を遣ったような覚えがあるが、これは残念ながらそうもいかなかった。
ペンを持った手が問題を読み終える度に勝手に動き出したのだ。
ペンを離そうにも指が離れない。
ひたすら自分が書きたい無難な答えから外れてしまう。
どういう仕組みなのか、対抗魔法を考えてみたがこのやり方でないと試験をパス出来ないのかもしれない。
甲斐が慌てふためいている間に、隣や斜め前に座っている生徒達は観念したのか早々に全ての答えを書き終えたらしく、その回答用紙と問題ごとどこかへ消えて行った。
「(…こりゃ大変だ……。内面磨いとくべきだったかちらん……。な、なんか清い事考えないと……! ぼ、坊さんが……水晶の上で……は、裸で……あ、やっぱ服はいるかな……あああああ手が止まらないよおおおお)」