番外編:4 目覚めた衝動・それは
「いい、挨拶は後でいいからゆっくり飲み込め」
ウィンダムがフルラの持つ兎の首ポシェットを見てびくっと反応したのを横目に、甲斐がどうにかビスタニアに挨拶を返そうと口を開けたが、やはりまだ飲み込み切れていないらしくむせ込んだ。
その背中を軽く叩きながらビスタニアが笑っている。
エルガがその横を通り過ぎようとしたが、意外な行動に思わずビスタニアが目を向けたの気が付くとウィンクが飛んで来た。
「僕の出番は終わったからね、引き際も一つの嗜みさ」
ビスタニアにしか聞こえない声でそう呟くと、エルガはフルラとウィンダムの腰を抱いてまんまと連れ去ってしまった。
置いて行かれた事に甲斐は焦っていたが、残念ながらまだ飲み込み切れないらしく、ビスタニアに紙袋の中から大きなキャンディのように包んであるプレゼントを取り出した。
バレンタインについて少し前に聞きに来たが、確かお菓子を交換する日だという認識だったので大した説明も出来なかった。
お菓子の中で何が好きかと更に聞かれたが、特に好んで食べる物が無いので困っていると、勝手に自己解決をして去って行ったのを思い出される。
所々緩い包装を見ると、どうやら手作りらしい。
だから今朝の彼女は少し目が赤いのだろうか。
どうして誰かの為に無理をするのかと疑問に思ったが、雪の中ウィンダムを連れて甲斐へのプレゼントの材料を集めた自分は何も言えないようだ。
「……ありがとう。開けてもいいか?」
「ぐへえ、喉が甘さで焼き潰されそうだった……。ああ、どうぞどうぞ」
ねじるようにして開くと、丸い球体のチョコレート色をした何かが顔を覗かせた。
香ばしいカカオの匂いがするので、チョコレートで間違いは無さそうだが中身に何が入っているのかが気になる。
軽く触れた指の感覚が正しければ、何故か弾力があった。
「おい、これは何だ。俺の頭の中にこの菓子の答えが浮かんでこないのだが」
「マシュマロだよ!? ちょっと大きくて茶色いからって! 中には生チョコ……と色々入ってるから!」
完全に半信半疑なビスタニアに、痺れを切らした甲斐は一部をもぎ取って食べた。
それすらも餅かと疑ってしまう位によく伸びて、千切れる前にこのボールマシュマロが引っ張られたまま飛び出していまいそうになったが、間一髪ビスタニアが抑えつけた。
目を合わせたまま、こうも力強く頷かれては食べざるを得ない。
恐る恐る片手でどうにか引きちぎって食べてみると、素朴な優しい甘みだった。
想像していたよりも悪くない。
コーヒーに入れても合いそうだ。
「大きさは異常だが、味は悪くないな……。部屋に置いて来る。勉強していると甘い物が欲しくなるからちょうど良かった。ありがとう」
「ナバロっぽいでしょ、これ! 見た目はアレだけど意外や意外! ふんわりしてて可愛いっていう! 行ってらっしゃーい!」
体がこんなにも熱いのは、きっとこのマシュマロに酒か何かを入れたのだろう。
そうに決まっている。
貰ったマシュマロの箱を机に置き、代わりに昨夜用意しておいたブランデーの良く染みたカップケーキの袋をポケットに忍ばせて、早足で階段を下りる。
自分一人が用意していたなど、まるで何かを期待していたようで。
それが嫌で、机の上に放っていた。
プライドが高いというよりも、臆病なのかもしれない。
寝る前に食べるように忠告しておかないと、クリスマスのように惨劇となっては面倒だ。
苦笑を浮かべて戻ると、そこには誰もいなかった。
甲斐はビスタニアを見送った後、そのまま渡しそびれたウィンダムを追いかけて行ってしまった。