番外編:3 ほらほらさあさあ
「フルラ! これあげる!」
食堂に行こうとしているフルラとエルガを見つけた甲斐は駆け寄って行く。
まずはフルラへ、妙にリアルな色をしたピンクの兎の頭部モチーフの袋を手渡した。
実にパンパンに膨らんでいる。
フルラは手の平に置かれた兎と甲斐を見比べては、状況が理解出来ないようだ。
「か、カイちゃんおはよう……! あの、この今にも破裂しそうな兎の生首は何……?」
「えっ、バレンタインだけど?」
「えっ、バレンタインって何する日かちゃんと理解してくれてる……? 黒魔術は基本的に禁止されてるんだよ……? 私、今ちょっと泣きそうだよぅ……」
目に涙を溜め、小刻みに震えているフルラが見えていないのかエルガは腕組みをして拗ねたような顔をしている。
「おはようカイ! いいなあ、僕には無いのかい? それとも僕への愛を形にしたら大きすぎて持って来れなかったのかな?」
「フルラ、それただのラッピングだよ。大丈夫、中身は言われた通り硬いクッキーにしたから! 友情が壊れないように、硬いクッキーを渡し合うんでしょ?」
エルガを完全に無視してフルラに笑いかけると、ほっとしたように見えたが出来る限り袋を見ないようにして頭頂部にあるチャックをそっと開けた。
中には直接詰め込まれた灰色の、歪なハートの形をしたクッキーが入っている。
お手伝い天使に渡したクッキーはどうやらフルラ用だったらしい。
しかしこの袋の頭頂部が開いた光景は、誰が見ても兎の頭に小石が詰められているようにしか見えないだろう。
甲斐から貰ったというブランドが付いた時点で、冷静さを失ったフルラは早速一つを手に取って内に放り込んだ。
「(あれ? 今カイちゃんは友情が壊れないように硬いセメントにしたって言ったっけ? ああそっかあ、灰色だし……。そりゃあ顎がミシミシ言う訳だよねぇ……)」
「凄いよ、それ。 どんな攻撃魔法をかけても壊れないんだから! フルラ、食べれる? 大丈夫? ……さて、エルガにはこれをあげます」
口の中で必死に溶かそうとしていたが、甲斐の一言で固まってしまったフルラの横で、エルガは待ってましたとばかりに両手を差し出した。
彼の手に乗せられたのは、半透明な袋の口の上をリボンで結んだ、フルラの受け取った兎の生首よりも少し大きめな袋だった。
中にはカラフルな焼き菓子が透明なフィルムに包まれて入れられている。
「ありがとう! どれもおいしそうだなあ! カイの手作りを食べられるなんて、なんて幸せなんだろう! そして色合いも可愛いね! センスの塊じゃないか!」
「エルガの言った通り、相手への気持ちを色んな形で表現して渡すって事で色々作ってみた。 味も色々にしたから、慎重に食べてね」
袋を開くと宣言通り、本当に多種多様な匂いが大群を成して押し寄せて来た。
エルガは笑顔のまま素早く袋の口を閉じると、甲斐の手を握った。
「一つ一つ、ゆっくりと味わわせて貰うよ。そうだ、これを君に」
二人の重ねた手の間から一瞬光が漏れ出し、彼の手が離れると甲斐の手の平には色とりどりの小さな薔薇が溢れていた。
よく見ると花にしては妙な光沢があり、そっと顔を近づけるとフルーツの匂いがした。
「キャンディだよ。カイへの気持ちを表わすにはそれでも足りない位だけど……おっと! そのまま全て口に入れるなんて思いもしなかったよ! いつも君は僕を楽しませてくれるね! キャンディは噛むタイプだろうなと思っていたけど大当たりだ!」
顔色の優れないフルラと、噛み砕きながら空腹を満たす甲斐、そしてそれを見て無駄にハイテンションになったエルガをビスタニアとウィンダムは後ろから見ていた。
「人の口ってあんなに膨らむものか……?」
「頬袋とかあるんじゃない? フルラちゃんには僕が最初に挨拶するから、ビスタニアはカイちゃんに挨拶して欲しい。返事は要らない、さあいくよ……やあ、フルラちゃんおはよう!」