番外編:2 愛の味
「出来……た……?」
まるっと徹夜をし、普段であれば制服へ着替えているであろう時間を過ぎた頃、ようやくラッピングが終わった。
いいだけ散らかったキッチンと床に撒き散らした粉、食材の補充に行き来し続けたお手伝い天使はもはややさぐれていたが、その声に普段の穏やかな顔に戻る。
「ありがとう、天使っち。これ、一個あげるよ。君達って物食べれたっけ?」
渡す相手によって作った物を変えた甲斐は、転がっていた灰色の歪なハートのお菓子を天使にそっと手渡した。
ふいっと目を逸らしたものの、お手伝い天使が羽ばたく度に美しい光と心を和ます香りが漂い出した。
どうやら喜んでくれているらしい。
抱えるようにしてそのお菓子を持つと何度か回転して小さな魔方陣の中に消えて行った。
「うっしゃ! とにかく配って来よう……。でも、これ失敗なんじゃないかと思うんだけどいいのかな……。味見……あっ、残ってたのも全部入れちゃったや……。う~ん……」
悩みながら降りて行くとシェアトと時間が被った。
眠そうな表情から甲斐の両手に持っている紙袋に目線が映り、鼻をかすめた甘い匂いに顔をしかめる。
「……なんだ、それ……。 ルーカスの体臭みたいな匂いしてんぞ……。あいつをバラして捨てに行くところか?」
「あー、夕方になるにつれてルーカスの甘い匂いって強くなるもんね……って馬鹿野郎! はいこれあげるー、はあっぷいいぶあれんたあいんんん!」
がさごそと紙袋の中からシェアト用の何重にもかけられたリボンのラッピングの箱を取り出して手渡すと、シェアトは下から上に顔を赤らめていく。
「確か、シェアトはバレンタインの起源を戦乱の中で生まれた友情の証で……えっと……確か焦げた肉を……? チョコに見立てて……って言ってたよね?」
「それは俺の生霊か何かと話したのか……? 初耳だぞ、そんな薄暗い歴史……」
「……あれ? まあ、でもシェアトは甘い物苦手でしょ。だからこれでちょうどいいと思うんだよね。ビターチョコ食べてみたらやっぱり甘かったしさ」
寝不足のせいで目が開き切らないまま、欠伸を噛み殺している甲斐にシェアトは自分の為に寝ずに作ってくれたのかとおめでたい勘違いをして更にときめいていた。
甘い物が苦手な事にも配慮してくれているというのも、嬉しかった。
「サンキュー……。これ、なんか食うの勿体ねえな……。あと、これ……俺からも。こっちの世界のお菓子ってあんまり知らねぇだろ? だから天使に取り寄せといて貰ったんだ」
ポケットから『ポップスナック・チケット』と書かれたチケットの束を取り出して、渡すと甲斐の反応を見る。
パラパラと中身を見ると見慣れないお菓子の名前が一つ一つ書かれている。
「それ、気になる奴を天使に渡せばすぐにお菓子と引き換えてくれんだ。期限も無えから好きな時に使えばいいんじゃね。太んねぇように気を付けろよ」
「うっわあああ。ありがとう! これもバレンタイン?」
「ま、まあ一応な。なんか気にしてるみてぇだったから……。別にこっちのバレンタインはお菓子関係ならなんだっていいんだぜ? あとは……その、き、気にな……いや、渡す相手によるっつーか……」
「あ、そうなの? まあ、とりあえずあたし月組にも顔出して来るから先に行ってて! そんじゃ!」
早々に切り上げて、ムードも無いまま走り去ってしまった。
一人残されたシェアトはまだ頭がうららかなので、今の甲斐のそっけなさは照れ隠しだと断定してロビーの椅子に腰を掛け、甲斐から貰ったプレゼントを開いてみる。
何かとてもスパイシーな匂いがした。
箱を開けると、そこには焦げ目があるがとてもジューシーに焼けている肉が、箱の高さいっぱいに積み重ねられている。
料理魔法なのか開いた時からほかほかと湯気が出始め、見ている間にも油が溶け出し、肉汁が跳ねた。
ご丁寧にピックが刺さっているので、このまま食べろという事だろう。
ハーブも良く使われているのか、とてもスパイシーで食欲をそそる美味しそうな匂いがする。
ピックを持ち上げると重なった肉が皆持ち上げられたが、中々の重量だ。
一枚を噛み千切ると、ピリッとした刺激と共に程良い塩味が口に広がる。
「……普通に旨くてツッコミにくいな……」
温かい内にと食べ切ろうと肉を噛みながら、良く分からないバレンタインのプレゼントにこれでも嬉しいと思ってしまう自分を責めていた。
食堂へ向かう生徒達が通りすがる度に、ぎょっとした顔をしているのにも食べ進める内に慣れて来ていた。