第三百十五話 明けましたおめでとうございました
まさかと思った。
誰しもがこんな事になってしまうとは予想しなかっただろう。
確かに、海外の年越しはクリスマスからずっとお祭り騒ぎなのも知っていた。
そのせいでクロスが勉強もしたいが先輩とも遊びたいといった葛藤から来る苛々で、シェアトに噛みつく回数が増えたのも知っていたし、卒業が決定している三年生達は皆勉強の追い込みよりも皆といる時間を優先しているのも誰もが分かっていた。
どうせあと数日もしたら日常が戻って来てしまう。
ようやくそれぞれの門が開き、自分の能力や知識、フェダインをでてからの居場所作りに追われるのだから。
とにかく今は、足りない事が無いようにと念を押すかのように毎日を思い出を塗り上げていくのに必死だった。
何かが吹っ切れたかのようにビスタニアはとてもよく笑っていたし、エルガも率先して馬鹿をやっていたように思う。
少々やり過ぎたと何度も思ったが、ルーカスは決して止める事は無かったし、クリスもまた明らかに寛容になっていた。
そんな中でフルラが困ったように笑うのを止め、本当に楽しそうに笑うようになったのはとても優しい変化だったと思う。
甲斐がそれに対して誰より喜んでいた。
ウィンダムは指輪の一件により、随分とからかわれたようだが、あの飄々とした態度で全てを受け流し、フルラへの愛情を惜しむことなく披露するまでに至った。
誰しもが幸せで、力一杯遊んだ。
これまでの人生でこんなに遊んだ事が無いとビスタニアは言った。
夜は皆で集まって、飽きるほどやり込んだカードゲームをしたり、毎日一緒にいるので特にこれといって話す事ももう無いはずなのだが、話題は尽きずによく朝まで話し込んだ。
そんな事をしていたからだろう。
年越しを控えた数時間前にふっと一人が話すのを止め、ゆっくりとした寝息を立て始めたのが筆頭だった。
起こさないように、と注意が周ったのでそれにより小さな声で囁くように話し始めたのが悪かった。
次から次にロビーの暖かさと、これまでの疲労感が体中を満たし、最初の一人が起きたのは元旦の夕方だった。
最初に起きた張本人であるルーカスは、これまでの人生で一番の大声を出したかもしれない。
その声に数人がつられて飛び起きた。
ビスタニア、ウィンダム、フルラ、クリス、クロスは声の発生源を確認した後に何が起きたのかと周囲を見渡し、そして窓の外から差し込む見事な夕陽を見て誰が最初か見事な朝焼けだと能天気な言葉を吐いていた。
これが初日の出ではないと気が付いたのは、時間表示魔法の表示の仕方を二十四時間形式にしていたビスタニアだった。
なんたることだとルーカスに続いてビスタニアが叫ぶと、まだ眠っているシェアトの体がぴくりと動いたがまだ眠りが深いようだ。
事態を把握したそれぞれが失意の中、まだ幸せそうに寝ている甲斐とシェアト、そしてエルガを揺り起こし始めた。
記念すべき年越しを寝過ごしたばかりか、もう今日が終わろうとしている。
クロスは寝起きの苛つきと兄の寝顔の間抜けさに苛立ちに拍車がかかり、脇腹に鋭い蹴りを入れ込んだが、それでも夢の中で想い人である甲斐と一緒にいるようでやめろよ等と優しく言いながらも顔はにやけていた。
甲斐はクリスとフルラに左右から不規則に揺らされ続け、寝ながらにして嘔吐しかけるといった不名誉な一年の始まりを迎えた。
エルガの起床の悪さといえば、群を抜いていた。
ここまで耳元で何を言おうが喚こうがお構いなしといった様子なのは、鼓膜が破れてしまっているのではないかと疑いが掛かるほどだった。
しかし、彼の王政を知る者どもはそれ以上の事をする勇気が無く、甲斐が躊躇なく束にして掴んだ髪の毛を引き抜くのを見た瞬間、彼らの顔は正に眠れる獅子に火を放ったのを見ている無防備な民の様だった。
ワオ、だかオオ、だかと確かに言った荒ぶる獅子の目は寝起きの人間の目では無かった。
まず誰がやったのか、そして自分は何をされたのかを的確に見抜き、犯人が甲斐だと分かると、あんなにもぎらついていた瞳を優しい色に変えた。
だが怒りの灯は消えた訳では無かったようで、転がって眠るシェアトの頭をしっかりと体重をかけて踏みつけて立ち上がった。
そして話し合った訳でもないのに、誰もシェアトを起こそうとはせずに、彼を置いて食事へと向かった。
元旦早々、一人残された彼は夜に外で雪合戦をして遊ぶ楽しそうな声で起きた。
一筋の涙が頬を伝ったのを誰も知る由はない。