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第三百十二話 クリスとルーカスのクリスマス



「ねぇルーカス、数か月後には私達……どこにいるのかしら」



 クリスとルーカスは歩きながら光り輝く校舎を見ていた。

 少ない生徒達の中で、あんなにも無邪気にはしゃいでいるのは一年生だろうか。


 初めて見たクリスマスのイルミネーションは、去年の年越しの物とは違って心を躍らせてはくれなかった。

 それどころか、どこか感慨深げにイルミネーションを見ているのは同じ三年生のカップルだ。

 彼らの気持ちがよく分かってしまう。



 こうして隣に並んでいる相手は来年のクリスマス、同じように隣にいるのだろうか。



 それは交際が続いているかどうかという意味では無く、お互い違う道を選んだ者としての結果である。

 後悔をしている訳ではないが、何故か酷く寂しい気持ちにさせた。


「さあね……。どうしたの? 不安になった?」


 不安、という気持ちがこういうものなのかどうかすらも分からずにクリスは黙ってしまう。

 ルーカスはその気持ちを察したようだ。


「君の勤務地はきっと体験に行った場所になるだろうし、出張や転勤もそんなに無いはずだよね?…ああ、そうか。僕の心配をしているの?」

「……ええ、まあ、そうね。そういうこと。貴方が何処に行っているかなんて、逐一私に報告しろなんて言わないわ。極秘の時だってあるでしょう? ……でもね、どうしてかしら。たまにだけど、未来を想像すると無性に涙が出そうになるのよ」


 空を見るように上を見たまま、こちらを見ようとしない。

 そんな様子はルーカスの頭に既視感を覚えさせた。


「……クリス、僕は君を悲しませたい訳じゃないよ。もし、ここで僕が君から離れたらそれで満足?違うよね。その後もきっと泣いてくれるんじゃないかな。でも、もしかしたらその後は僕の事なんか忘れて仕事に精を出して……きっと君のように素敵な女性はあっという間に誰か他の人が連れ去ってしまう。分かるんだ。それでも、君を離したくないって思うのは僕の自分勝手な気持ちだよ」

「ルーカス、嘘でも離れるなんて言わないでよ。……離さない、ぐらい言える男になって」


 ようやくこちらを見たクリスは、シェアトによく見せている表情をしている。


「言葉で安心させるのは、難しいね。君が不安になる度に優しい言葉を積み上げて、それを何度も繰り返すかい? ……きっといつか、崩れてしまうよ。沢山の言葉だけで君を囲っていられるとも思えないしね」

「そうね……、ごめんなさい。困らせるつもりじゃなかったのよ。でも、ただ……言いたくなったの。どうして欲しい、とかじゃないわ。何処に行っても、何をしてても貴方の事を考えるでしょうね。……それだけは、分かっていて欲しいの」


 こうして真っ直ぐ目を合わせる時、クリスは自分の中で整理が付いた時だとルーカスは知っている。

 彼女はいつだって、困らせないようにと自分を強く持っている。

 時々、こうやってどうしようもない気持ちを吐き出して心の均衡を保っているのだろう。


 下手に優しい言葉で彼女を囲う事は出来ないのも、ルーカスは十分に分かっていた。

 彼女を強くするのも、弱くするのも自分次第なのだ。


 悪い事をしたとも思っている。


 普通の恋人同士と呼ぶには難しい現実へとこれから変わっていくだろう。

 その時に彼女が立ち上がれなくならないように、考えを一つずつ着実に押し固めておかなければならない。




 これもまた、一つの愛の形である。




「これでも僕にとっては甘いクリスマスだと思ってるんだけど、合ってるかな?」

「当たり前じゃない。私、きっと馬鹿だから何度も貴方を困らせると思うわ」

「歓迎するよ」




 本当は、困った事なんて一度も無い。




「それに、もしかしたら貴方を傷つけるかも……。あ、暴力じゃないわよ?」

「こう見えても僕は打たれ強いんだ。ああ、肉体的には分からないけど……」


 傷つけられた覚えは無いし、むしろ君に刻まれる傷ならば喜んで迎え入れるよ。


「でもね、この世界で貴方を一番愛しているのよ。分かってね?」

「分かってるよ。じゃなきゃとっくに……なんてね」


 きっと睨まれ、慌てて撤回するとクリスの顔が急に近付いて来た。

 目を瞑るのも忘れ、目を丸くしていると勢い余ってクリスの鼻がルーカスの鼻に当たる。

 つんとした痛みが鼻の奥に起きる。


「クリスマスに暴力か……。いいね、雪を血で染めようってことでしょ?」

「そうね、そういうこと! ……ばか」


 花火が打ち上げられていく中で、二人の影はそっと重なった。

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