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第三百十一話 ウィンダムの告白

 こんなに大きな木があっただろうか。


 少し歩いた先には見上げてもその全貌が見えないほどの大木がなっていた。

 それは森の中でもなく、ただ舗装された道を外れた先にあった。


 ウィンダムはこの木までフルラを連れて来ると、道中も口数は少なかったが、夜空を見上げて黙り込んでしまった。

 何かあるのだろうか。

 晴れた空には大きな月が浮かび、周囲を見渡すには不足が無い程度の明かりを落としてくれている。

 イルミネーションに備えて普段は点いているはずの街灯や、漂っている光の玉は消え失せていた。


「……クリスマス、もうちょっとだね」

「……えっ? ああ、そうだね」


 普段なら返事の後に話しやすい話題を振ってくれるのだが、それも無かった。

 初めて家族以外と過ごすクリスマスはどんなものになるのだろうか。

 その期待と不安がクリスマスが近づくにつれてフルラの中で大きくなっていた。


 プレゼントとして大したものは用意できなかったが、苦手な物質変化の魔法に何度も挑戦して作り上げた彼の髪の色と同じ金色の小さな牙のピアス。

 怖がりのフルラが一人で森の傍まで行き、やっとの思いで手に入れて来た動物の牙だった。

 牙には邪悪を退け、道を切り開く強さがあるという。

 彼のこの先に、何があってもいいようにと願いを込めて完成させたのだ。



 もし気に入らなかったら。



 もし付けてくれなかったら。



 こんなちゃちな物を名家の息子が喜んでくれるのだろうか。



 そんな渦巻く不安は、恐らく渡すまで取れそうにない。

 それでも、彼の為に何も出来ないのもしないのも嫌だった。


 ウィンダムは相変わらずただ、黙って何処かを見ている。

 闇に慣れた目が、眩むような光を見た。



「す……っごいい! イルミネーション!? ねぇねぇ! イルミネーションだよ!」



 さっきまでの不安感も忘れ、今はただ光り輝く校舎に見惚れていた。

 周囲は明るく染まり、あの闇が嘘のように塗り替えられた。

 はしゃぐ彼女の隣で、ウィンダムはそっとフルラの片手を取ると彼女を下から覗き込むように姿勢を低くする。


「フルラちゃん、僕はどうやら我がままのようだ」

「……え? そ、そうかな?どうしたの?」

「……この先僕達は違う道に進んで……離れてしまうだろう? 今までのように、毎日顔を合わせたり、今日の出来事を報告し合ったり……そんな当たり前が崩れてしまう。それが怖いんだ」

「……そう、だね」


 この話は、前にもしたはずだった。

 それでも、大丈夫だと自信を持って答えられた。




 彼は?

 もしかしたら、彼は違うのだろうか。




「そんなの、とても耐えられそうにない……。だって、こんなに好きなんだ。愛してるのに、離れる?悪い冗談だ……。繋がっていたいよ、君と」

「繋がってるよ……? 大丈夫だよ? 私、信じてるよ……? 毎日会話しよう、約束するよ。どんなに忙しくても、ウィンダム君を不安になんてさせないよ? ……そんな顔、しないで……。私、どうしたらいいの?」

「……一つだけ、お願いがあるんだ。君にしか出来ない事なんだけど」

「なに? なんでも言って! 私、ウィンダム君の事、ほんとに……ほんとに好きだよ……」




 どうしたらいいのか分からなかった。



 フルラはもう、泣いてしまいそうだった。

 何を言っても、彼の不安感は拭い切れないのだろうか。

 どんなに言葉にしても、届かないのだろうか。


 また、大切な人の気持ちを自分の事ばかりで見落としてしまっていたのか。

 何を言えば、どれほど自分の気持ちを伝えられるのか。


 昔の自分であれば目を逸らし、走り出してしまっていただろう。

 嫌な事は怖い事、傷つくのを恐れて、甘い言葉と優しい世界に溺れて行こうとしていた。


 でも、もう逃げない。


 彼が、変えてくれたのだ。

 今まで彼と過ごした日々を信じて、ウィンダムの瞳を見つめる。















「結婚してくれないかな?」














 跪いたウィンダムがポケットから取り出したのは、真紅のリングケースだった。

 フルラの手を握ったまま器用に蓋を開けると、中には光を集めて輝く、大きな透明石が嵌め込まれた華奢なリングが入っていた。


 それを見たまま、硬直しているフルラにウィンダムがくすっと笑う。


「君に一つ、嘘をついていたんだ。冬休み初日に朝から僕は外出していたのを覚えてる? これを買う為だったんだ。ちゃんと自分のお金で買ったよ? 父の仕事の手伝いを何度もしていたからね。裏には君の名前も彫ってあるんだ。おっと、そうだった。……良ければ……返事を、聞かせてくれるかい?」


 フルラは話せる状態ではなかった。

 両目からは滝のように涙が溢れ続け、鼻は呼吸が出来ていないようだ。

 時折、口からひっと漏れ出す声と、唇が震えている、

 よたよたと涙を拭うのも忘れてウィンダムの首元に両手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめた。


「喜んで、貰えてよかった。……式の日取りも決めて……、そうだ。両家に挨拶も済ませないとね。……僕は両親にはもう話してあるんだけど。卒業後は、忙しくなるよ。式の用意もしなくちゃね」


 フルラの腕の力が強まった。

 背中を優しく叩いてやると、彼女の体は熱く、全体から湯気が立ち上っていた。



「……幸せにするよ、お姫様。僕はようやく騎士から王子になれたわけだ。めでたしめでたし」



 そう言うと、フルラを抱きかかえてイルミネーションを見に歩き出した。

 彼らのいた大木は遠くから見ると巨大なクリスマスツリーであり、卒業後からその木は告白が成就するという伝説が始まるのだった。

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