第三百九話 メインの人々の冬休みは
「この時期に学校にいるのってなんだか変な気分……。ちょっとだけ悪い事してるみたい」
フルラは眉を八の字にして相変わらず気弱な表情だ。
一方、フルラの言った言葉の意味を全く理解していないのは隣に座っている甲斐である。
ロビーに皆集まって、各々のしたいように過ごしているが時折こうして誰かしらが何かを口にするのだ。
「そお? あっという間にイブになったね……、こんなに実感の無いイブは初めてだわ。勉強勉強食事勉強……。いっそ殺してほしいよ……」
遠い目をする甲斐はフルラのおさげを揺らしながら笑う。
「今夜はフルラのとこにサンタが来る日でしょ? 良かったじゃん」
「えへへ。きっとカイちゃんの所にも来てくれるよ! でも今年で成人だから、これが最後かなあ……」
「フルラは何をお願いしたの? ……ちなみに私は今夜はルーカスと過ごすつもりなの。だからもう私の元にサンタは来ないでしょうね。残念だけど、仕方ないわ」
フルラの夢を壊すまいとして甲斐とクリスは話を合わせていた。
甲斐はほんの少しだけ、この世界ならば聖なる夜に各家へ忍び込み、子供たちにプレゼントを配り歩く『サンタクロース』という者が存在するのだろうかと思った。
そのすぐ傍でエルガが眉をひそめてルーカスに話しかけていた。
「でも女性の寝床に忍び込んで希望通りの物を渡してそっと去っていくなんて、そんな聖人のような存在信じられるかい? 何かを引き換えにするとか、もっとサンタにとっても見返りがあれば納得がいくんだけどな」
「シェアトがいなくてほっとしてたら今度は君か。エルガ、言うだけ無駄だとは思うけど自重して。それに相手は女性に限った話じゃないだろう」
エルガの言葉にウィンダムは強く頷いた。
「見返りって何だい? ルーカスの言う通りだよ 、そんな事が出来るなんて……サンタは人並み外れたタフマンじゃないとなれないじゃないか」
「ウィンダムまで……! まったく、いい加減にしろ……! それに、今日はあのうるさい奴も帰って来るんだろ。少ない思考回路だから上手く日付という概念を忘れてくれていたら助かるんだが」
ビスタニアが制しても、マイペースなエルガとウィンダムのコンビは気にしていないようだ。
「願う事ほど叶わないものよ、ビスタニア。でもどうでしょうね、一応クリスマスはなんとしてでもカイと過ごしたいでしょうし明日は確実にいるでしょうけど……今日はもしかしたら家族と過ごすんじゃないかしら?」
「トライゾンもいい加減、クロスちゃんが恋しいよねえ? あー、でもこんなにシェアトと顔を合わせないのは初めてだけど静かでいいもんだね」
「か、カイちゃんの事を好きなシェアト君が聞いたら膝の震えが止まらなくなっちゃうよ……」
同情するフルラの後ろに回ったウィンダムは、そっと彼女の肩に手を置いて皆に宣言する。
「そうだ、フルラちゃんは今夜僕が借りるから。何か用事があるなら今の内に済ませておくれ」
「えっ!? フルラまで? そしたら、残りはあたしとエルガとナバロじゃん! なんだよー、皆していちゃこらしやがってさー」
ウィンダムの勝手な誘いに、顔を赤くして動揺しているフルラの髪の毛を角のように上に持ち上げて甲斐は嘆いた。
夕食の後、せっかくのイブなのだから皆でわいわい出来るのかと思っていたが恋人がいるとそうもいかないらしい。
「なんだい、ご不満かな? ちなみに僕は美容の為に、十二時を回る前には寝させてもらうよ。姫の護衛はビスタニアに託そう!」
「……何言ってるんだ。いいから、お前も付き合ってもらうぞ」
以前もこうして気を遣われたが、今回は最後のクリスマスなのだ。
甲斐と二人で過ごせるのは勿論嬉しいが、エルガにとってもここで過ごすのは最期の冬なのだ。
「そうだよー! 美容が何さ! 肌とか髪質とかどうでもいいよ! そんな数時間じゃなんも変わんないって! それにエルガの肌のきめとか誰も見てないし気にしてないよ!」
「カイ! それは間違いだよ! たったの数時間、というけれどね! その間にどれだけの細胞が生まれ、修復にあたってくれるのか分かっているのかい!? 僕のこのサラサラな髪の毛、頭頂部に輝く綺麗な光の輪! いつ見ても陶器のような肌! えっ!? これでノーメイク!? という羨望の声すらも美の糧になっているのさ!」
「永遠の美ならサンタに願っておけ。ああ、何を置いていったかは明日教えてくれ。とにかく、恋人がいない組は一緒に過ごすぞ。それにそんなに部屋に戻りたがる奴は大抵序盤で殺されるんだ」
鼻を鳴らしたビスタニアは断固として譲らない。
エルガはその意図を察したようで、ようやく引き下がったようだ。
「……え、映画か何かの話かな? 全く、どこにいても僕は人気者で困ってしまうよ。まあ、カイと過ごせるなら仕方ないか。 はっ!? 僕の部屋に女性のサンタが殺到して出られなくなっていたらどうするんだい ?」
「そんなの、木端微塵にしちゃいな。バレないって。ちなみに男性寮に女性は入れないんだからそんな心配はする必要もなーし!」
結局のところ、去年と変わらない顔ぶれでクリスマスを迎えることになった。
クロスとシェアトもきっと今夜は楽しく過ごすのだろう。
あの二人が仲良くサンタクロースを待って大人しく眠る、とは到底思えなかったがシェアトがとんぼ返りをしてこないという事は上手くやっているのだろう。
それだけで、皆安心していた。