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第三百五話 父よ、母よ

 真面目な話を両親にする事など、シェアトの今までの人生で一度たりとも無かった経験だ。

 呼び出されて教師へ頭を下げる母に謝った事も、クロスを喧嘩で怪我をさせてしまい父に激しく怒られている時も、目を見ず、ふてくされた顔で拳を握っていただけの少年はもうどこにもいない。



「この世界で何が起きてるかとか、何がどうなるかなんて大人の中でも偉い奴らが決めて、それに下っ端が従って……そんなもんだと思ってた。上の奴らが決めた事なら間違い無ぇだろうし、俺は勉強が嫌いだし苦手だ。だから正しいんだろって思ってたけど……もしも正しく無かったら? どう考えても悪い方向に動いてたら? ……所詮は人が集まって考えてる事だろ? 悪い奴がいたらどうすんだ?」


 息子の考えをトムは否定しなかった。

 真っすぐにぶつかってくる息子の成長を噛み締め、そして受け止め続ける。


「……万が一でも、そんな事にはならない……とは言い切れないがね。今までだって魔法を扱う者達が暴動を起こしたり、水や食糧問題……国境や政権などで人は何度も争って来た。そして今も魔法使い達の力を恐れ、統制機構が機能しているのだから。だが、シェアト。それは自分で考えた結論なのか? ……何か、あったのかい?」


 トムの問いに、シェアトは口ごもった。

 この沈黙が何を意味するのか、分かったのはこの場でクロスだけだろう。




 シェアトが疑問を抱いたのは恐らく甲斐の件だと察した。




 公に出来ないものの、今まで現れた異世界人は極秘裏に消されていたという事実がこの世界に存在しているのだ。

 世界を守るという事に、犠牲は必要なのだろうか。

 そして甲斐の人柄を知っていくにつれて、彼女の良さや性格もあり、ますますこの制度や判断を下した世界の機関に疑問が生じたのだろう。


 言葉を選ぶ兄の向かいで、クロスはようやく考えがまとまった。




 全てが繋がっていたのだ。




 それはまるで、はまるべき場所が決められていたかのように。

 力のあるシェアト、信頼していた世界の予想外の動き、異世界人の無害さ。

 これが総合されたとしたならば、もうシェアトの考えは分かってしまった。


「きっかけはあった。そしてこの世界は残酷だとも思った。この世界が良くなるようにと思った結果が今なら、もっと変えていかないといけないと思う。そのままでいいと思っている奴らばっかだから、こうなら誰かがやらなきゃ変んねぇだろ」

「私には少し、難しいわ……。革命、ってこと?」

「まあ、そうなのかもしれねぇけど……でも反政府勢力みたいな話じゃダメなんだ。正統なとこには正統法でいかないと通用しない。だから、俺は世界に関われて、自分の結果次第で若くても上に行けるような機関……んな何十年も待ってらんねぇだろ。よぼよぼのジジイで世界をどうたのなんて出来る気がしねぇ。それに当てはまってんのが『W.S.M.C』なんだ」


 もう、何を言ってもシェアトの考えは変わらない。

 両親とはまた違った思いでクロスはシェアトを見ていた。


 恐らく、甲斐には志望動機を正直に話してはいないだろう。

 初めて聞いた兄の想いに、心臓が早くなる。

 原動力は異世界人で、彼女に対する処遇が気に食わないから根こそぎ変えてやる?

 要はそういう事だろう。



 相変わらず無茶苦茶だ。



 目標を決めたら、今度は進路を実現可能な場所に定めてきた。

 楽に生きたいといつも言っていた癖に危険な仕事を志望する。

 面倒事は回避したがる癖に真剣に両親を説得している。


 矛盾ばかりな兄が、初めて見せた家族への真剣な態度に両親は言葉を失っていた。

 いい加減な気持ちでも、適当に決めたわけでも無く、そこでなければいけない理由を述べたシェアトだが、その裏では家族への背徳感だってあったはずだ。


 今、彼を止めた所で行くだろう。

 もしかすると、このまま家族すらも捨てるだろう。

 どこかその覚悟があるように見え、もう降参するしかないようだ。


「大きな、そしてとても良い夢を持ったな。……親としての言葉じゃない。男としての、気持ちだ。うるさい程の心配と、嫌になるほどの文句は母さんの声だけで十分だろ?」

「……あなた……? もう……。優秀な息子も考えものね。あーあ、まだ音楽で食ってくとか言ってくれた方が良かったわ。私の日課のお祈りの時間が長くなるのよ。ちゃんと、帰れるときは帰って来なさい。……約束して」


 一粒の涙が、ジュリアの頬を流れた。

 シェアトと抱きしめ合うと、クロスはようやく椅子の背もたれに背中を預けた。

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