第三百四話 説得できるかな?
テーブルに温かい飲み物が並んだ。
丁度焼き上がったマフィンやクッキーをジュリアが持って来ると、シェアトはその甘い匂いを遠ざけようと皿をクロスの方に押しやった。
「……俺が『W.S.M.C』に志願したのは推薦枠があったから、とかそんな理由じゃない。誰かに影響されたっていうのもハズレだ」
両親の顔を見てから話し始める。
「……俺は前に話したと思うけど、攻撃魔法専門の太陽組になった。その攻撃魔法ってのは一体何に対して使うものだ? 答えは人だ。そんな物騒な魔法はいつ使うんだって、俺は思ってたさ。だってそうだろ?ここなら毎日隣のおばちゃんは道を掃除して、母さんは旨い料理を作ってるし、父さんは最高の料理やレシピの開発をしてはテレビにたまに出たりしてる。そんな日々のどこに俺の学んでいる魔法が入り込む余地があるんだ?」
大きな手ぶりと斜めに口を上げて笑ってみせる。
「……そういえば父さんの新刊が発売されたぞ。二人にサイン付きをやるから持って行け。ああ、友達の分も後で用意してやろう。 もしかしたらその子たちの美人なお母さんがファンかもしれないから多目にやろうな」
「お黙りなさいトム。そうそう。貴方の新刊、ストーブの薪に良さそうだったわね。思い出させてくれてありがとう。……シェアト、続けて」
しゅんとしたトムを無視してシェアトはジュリアの目を見て話す。
「特殊部隊の事はたまにニュースでも見ていたし、父さんたちも知ってるだろ? なんの、どの作戦とかよく分かんねぇけど、ドンパチやってるなと思ってた。自分には関係無いとか、こんな事が家の近くで起きなきゃそれでいいとか……それ位だった。ただ、俺は太陽組で実戦……あー。魔法を実際に使って相手と戦う授業があんだけど、それの成績が良いんだ。ダントツで!」
自分で言っておいてダントツという言葉に感動しているらしく、しみじみと余韻に浸ってから話を続ける。
「……てことは才能が有るって事だろ? 自分が向いている事を見つけられる奴なんて何人いんだ?しかもそれが好きな事の人数なんてもっと少ないはずだろ?」
「……でも、他にも貴方に良い所も得意なものもあるはずだわ。まだ探せていないだけよ」
ジュリアの言い方は、そうであって欲しいという希望が含まれている。
「……へぇ? あの世界中で有名なエリート校のフェダインで俺が一番になったものを見ない振りして他を探すのか? 意味不明だな。……悪い。母さん、聞いてくれ。俺は俺にしか出来ない事をしたいんだ。誰だってそうだろ?」
「それがどうしてその特殊部隊になるのか、その理由を教えてくれ。統制機構だって……いや、どこだってお前の言う通りその力を必要としてくれるはずだ。それでないと、母さんだって暫く眠れなくなってしまう。二度とおいしいビーフシチューなんて出て来ないぞ」
「……それは困るな。分かってる、ちゃんと話すよ。その為に来たんだ」
「……父さん、一人で何もかも全部食べないで下さい。僕も食べますから、一年ぶりなんですよ。母さんの作る物を食べるのは。少しは遠慮して下さい」
皆の目を盗んでは口に運び続けていたトムのせいで、お菓子の乗った皿あとうとう空になってしまった。
本気でがっかりしているクロスにトムは小さく謝ると、ジュリアは次の皿を持って来た。
「……さあ、食え食え! クロス、誰にも取られないように自分の部屋で食った方がいいと思うぞ! そして夕飯にまた下りてくりゃいいだろ。どうだ、ナイスアイデアだろ?」
「ふざけた事を言ってないで早く話して下さい。父さん、テーブルの下から手を伸ばしたってダメですよ。バレバレですから。そして食べ過ぎなのであげられません」
「クロス、お前も言うようになったじゃないか……! ……クッキーは無くても父さんにはお前達がいるからな。さあ、続きを聞こうか」
「俺達をクッキーの代わりにしてんなよ。……はぁ、母さん」
肩をすくめてまた新しいクッキーを皿一杯に盛ってジュリアは荒々しく、トムの前に置いた。
父親の食事風景を見ているだけなのに、シェアトは胃の不快感を感じていた。