第三百三話 遅くなった報告
その日のセラフィム家の食事はとても豪華だった。
クリスマスもまだ先だと言うのに、ローストチキンやグリルステーキ、そしてベジタブルポットパイなどボリュームも十分なメニューが並んだ。
元々小食なクロスは途中から息が荒くなっていたが、手を止めるとジュリアが悲しそうな顔をするのでまた食事を再開した。
とうとうトムがやはり最後まで食事を続け、最近の近況や便利な日用品の自慢、今やっているテレビドラマや面白かった映画の話を聞かせてくれた。
学校の詳しい授業内容などは決して口外出来ないのは両親も知っているので、シェアト達は普段のメンバーの話や、甲斐の破天荒ぶり、ルーカスの異常な甘党ぶり、エルガの奇特さ、クリスとフルラの紹介や ビスタニアとその幼馴染のウィンダムと仲が良い事を話した。
両親が食い付いたのは勿論、甲斐の話題だった。
「どんな子なの!? 日本人という事は、あれね! 清楚なんでしょう?大人しいの!?」
「ははは、母さん。前から言っているようにインド人は毎日カレーを食べないように、トウドウさんも同じだよ。日本人だからって大人しくも、主張が出来ない訳でも無いし、まさかの暴力沙汰だってあるんだから……。彼女の事を僕は女性とは思っていないよ」
さりげなく主張を入れ込むクロスの足をシェアトが蹴る。
豪快な笑い声を響かせたのはトムだった。
「ロックだな! それはいい! シェアトにはそれ位の女性じゃないと駄目だろう。それに年上はいいぞ。しっかりしているし、人生経験だって多いだろ! ああ、ジュリア。君なら年下だろうがなんだろうが関係無く愛しているよ。でも舌で煙草を消す癖があるなら辞めさせた方がいいぞ。どうしてもというのなら仕方がないが……」
「そうだな、その癖があれば止めるわ。ただあいつの舌に火傷痕なんて無かったから今の所は安心していいんじゃねぇかな。あぁもうあいつの事はいいじゃねぇか!」
「それに彼女はビスタニア先輩も虜にしているので、卒業式に彼と兄さんどちらを選ぶか分かるんですよ。これは見逃せないですよね」
もう一度、シェアトがクロスの足を蹴ろうとしたが今度は足を引かれてしまい、当たらなかった。
「まあ!? まさか、あのナヴァロ家の御子息まで!? 何者なの、カイちゃん……! シェアト、あんた負けるんじゃないわよ!」
「あの優秀な坊ちゃんとか……。もしも彼女がお前を選んだらすぐに式の用意をするからな!」
「式ーーーィ!? や、やめろよ! それに俺もあいつも……」
聞いた事の無い高い声でシェアトが叫ぶとクロスは顔をしかめた。
言いかけて、ようやく進路について話さなければならない事を思い出した。
「……そうだ、父さん。母さん座って、食器は後で俺も下げるから。卒業後の話をしに来たんだ。去年、本当は話しておくべきだった。突然で驚くだろうと思うし、無理もねぇ。でも、俺は俺なりに考えた結果なんだ。……『W.S.M.C』に、入隊する。推薦ももう決まってるから後は面接だけだ。ほとんどもう、確定と思ってほしい」
ガシャン、と重ねた使用済みの皿が再びテーブルに置かれた。
ジュリアは瞬きを忘れて立ち尽くしている。
トムはジュリアの椅子を引きながらも、息子から目を離さなかった。
「そうか……。しかし、まあ、なんだ。これが相談でない事が残念だな」
「悪いと思ってる。勝手で、本当に。ただ、どうしてもそこじゃなきゃダメなんだ」
「……私たちの息子が二人とも魔法の才能があるのは、とても素晴らしいと思ったわ。それに、フェダインなんて有名校い入れたのも夢のようだった。でもね、シェアト。私は貴方を戦わせる為に産んだんじゃないわよ」
ジュリアの声が震えているが、これは完全に怒っている時のものだ。
トムは彼女の手に手を重ね、柔らかくも威厳のある言い方で場の空気を持ち直す。
「ジュリア、いい。話を聞こう。シェアトも、もう大人だ。……年齢的には、だがな。クロス、死にそうな顔をしているぞ。お前の事だ、どうにか止めようとしたんじゃないか? 父さんや、母さんが二人を心配するのは当然の事だ。どんなに安全な場所にいたって、万が一を考えるのが親というものだからな。……兄の気持ちを、聞いてみよう。飲み物は、何が良い?」
昔から、父は家族で問題を解決しようとする時に自分で皆の分の飲み物を用意する。
これは飲み物を淹れている間に自分の考えや思い、爆発しそうな感情を全て一度整理して落ち着かせるのに必要な時間らしい。
一人一人の希望する飲み物を用意していくと、相手の事を考える余裕も生まれ、理解しようという心が生まれるそうだ。
エプロンを握り締めたジュリアの手は震えていたが、シェアトはそれを受け止め、目を逸らさずにいた。