第三百話 どうか、しあわせに
「……冬休みに入りますが、三年生の皆さんはそれぞれ実家でもこの学内でも悔いの残らぬように過ごすように。こんなに勉学のみに打ち込める機会はこの先、まず無いでしょう。一緒に一度の踏ん張り時です」
ギアが壇上に立ったまま、どこを見ているのか分からない目線で流暢に話している。
「では、本年度の授業は私のこの授業をもって最後となります。三年間、私の授業もそうですが楽ではない内容に置いて行かれないようにするのは骨が折れたでしょう。 ……まあ、途中で何かを諦め、妙に悟った顔をして授業に臨んだ人もいましたが今は触れないでおきます。本当にお疲れ様でし「うおおおおおわったああああああいいいいやあああああ」
言い終らぬ内に甲斐が叫びながら立ち上がった。
そしてシェアトは机に片足を上げて甲斐以上の声量で叫ぶ。
「お前らあああ! 自由が来たぞおおお! 俺に続けええええええ」
「はいそこ二人、今の話を聞いてたならその反応は出来ないはずですよ。緊張感を持って……ああ、授業に来るのは一番遅い癖に出て行くのは誰より早いんですね。はいはい解散! どうせ夕食の時にも校長からありがたいお言葉を頂けるはずですし、いいんですけどね」
夕食時には晴れやかな顔をしている生徒達で埋め尽くされていた。
入学当初は緊張を隠しきれていなかった新入生達は一年に一度の長期休暇に胸を躍らせているのだろう。
「見て、なんだか初々しいわね。私達もあんな感じだったのかしら」
目を細めて周りを見ているクリスの斜め向かいで大きく鼻を鳴らしたのはクロスだった。
「……僕も、 本当は一年生だって事忘れないで下さい。彼らと何一つ変わりはないはずなんですがね。『長期休暇? 嬉しいです、とってもワクワクしています! ああ、何をしようかなあ!』 とでも言っとけばいいんですか?」
次に同じように鼻を鳴らしたのはシェアトだ。
「こんなひねた一年生がいるか? もっと周りを見てみろよ、あのきらきらした瞳! お前のどぶの中で生きてきました、好物は砂利です。とか言いそうな目とは大違いだぜ!? どうしてもなんか捻じ曲がった物を感じざるを得ないんだよな。心を一回漂白剤にでも放り込んどいたらマシになるんじゃねぇか?実家で母さんに漬け込んでもらえよ!」
シェアトを睨むが何も言わないクロスに、まんまと苛立ったシェアトが殴りかかろうとするのをルーカスが後ろから襟首を掴んで引き止める。
「人それぞれ、って事にしておきなよ。すぐシェアトは減らず口を叩くんだから。クロスは他の人よりも大人びてる、って事だよね? 落ち着いているし、僕は好きだけどな」
「それって……結局僕が子供だって事じゃないですか……」
「え? クロスちゃんは子供でしょ。訳の分からんことを言うやつだなあ」
よりによって甲斐に言われてしまい、クロスの青筋が太くなった。
「そうさ! 僕達は皆、神の作った子供! そしていつか皆、神の元へと還るんだよ!」
エルガの発言にビスタニアは頭痛がしたのか、こめかみを押さえた。
「頭がおかしくなりそうだ……! セラフィムもベインもよくミカイルと三年間一緒にいて大丈夫だったな……」
「ははは、それはどういう意味だいビスタニア!? 僕が人類に与える影響力の強さという意味合いならば、計り知れないとしか答えようがないよ……。お役に立てず申し訳ないね」
さりげなく会話に入り込むことになったビスタニアの隣ではウィンダムがしきりにフルラへ話しかけていた。
「フルラちゃん、冬休み一緒に過ごすの楽しみだね。そうだ、何か欲しい物とかある?」
「……ど、どうして? 無いよ? それに毎年欲しい物はサンタさんにお願いしてるし……。あ、でもサンタさん、今年はちゃんとフェダインに届けに来てくれるかなぁ……」
一等最初にシェアトが思い切り笑いそうになった口をクリスが身を乗り出して塞ぎ、ルーカスが渾身の力を込めてすねを蹴り、甲斐が横から頭を押さえ付けて両目に指を押し込んだ。
ウィンダムは笑顔のまま、狂ったようにフルラに頷いていた。
「目ーーーーーーーーーーェッ!」
「シェアト、随分盛り上がっているじゃないか! 楽しそうで何よりだ!」
「あ、ほらほら! 先生方の入場よ!」
続々と入って来る教員達はいつもと変わらぬ様子だった。
ただの冬休みの突入の日、それだけでなく今日が三年生最後の授業の日だったのだがもう慣れ切っているのかもしれない。
ふと周りの三年生を見ると、まるで今日が別れの日のように一切の私語すら立ち消えていた。
「ねぇねぇクリス」
「なっ、なぁに?」
思わず少し涙ぐんでしまった。
甲斐が小声で話しかけて来たのは予想外だったのだ。
「先生達、今日めっちゃ生徒の事見るね……特に三年。……い、威圧? 冬休みとか社会の歯車になったら無くなるんだからな、まあせいぜいラスト冬休み楽しめや……っていう威圧?」
青い顔をしている甲斐は、どうやら本気で言っているらしい。
ああ、なんだ。
やっぱり、慣れる事なんて無いのだろう。
悲しんでも、寂しがってもいいのか。
「……もう、カイったら。それはきっとね……」




