第二十三話 強気少女と弱気少女
組分けも終わり、一通り騒ぎ終えた頃。
甲斐は先程から鼻声になってきていた。
「……なんだか、鼻が通らない……。これはいわゆる徹夜症候群的な……」
「ん……うん……なんか目の奥に何かこう……まぶた……こう……」
続いてルーカスも眠そうだ。
誰もお菓子にも飲み物にも手を付けなくなった。
「喉の調子が……んんん……! かすれてきたな……」
「なんだいなんだい、皆して! 体調不良ごっこかい!? なら僕は、胸が痛いよ……カイ」
わざとらしく胸を押さえて上目遣いで甲斐を見上げるエルガを、甲斐は冷たく一蹴する。
「心筋梗塞だわそれ、残念。……何が楽しくて早朝から体調不良アピール合戦しなきゃなんないの、マラソンデーかよ……。夜更かしし過ぎるとどっかしら、不具合が発生しない? ルーカスに至っては不具合じゃなくて只の眠気だけど」
「そうかなあ、そもそもあまり僕は寝ない方だからなあ。今に至っては夜更かしよりも早起きに近い状況だしね」
エルガはずっと変わらないテンションだが、午前五時を回った辺りから他の三人の口数が減り始め、シェアトはルーカスの首が前後に揺れるのを赤い目で毎回阻止していた。
甲斐はあっという間にまた違う声になり、瞬きのはずがだんだんと閉じる時間が長くなっている。
「全員意識ある内に自分の寮戻って寝とくか?」
「えー、戻るのかい? あと二時間ぐらいで朝食だし、もうこのまま甲斐に校内案内してあげてもいい位だよ!」
「確かに仮眠取りたい……。校内案内すらも、もう歩いてどっか行くの考えただけで無理…。あっ! こんな時の為にあるんじゃないの、魔法って。テレポートさせてよ」
「テレポート出来たらそもそも外出用のスポットいらねえだろ……。超能力じゃねえんだよ……げほっ」
シェアトが突っ込むのも辛そうに、それでも甲斐へ突っ込んだ。
「チョウノウリョクジャネエンダヨオー。そっかー、あれは? 空飛べる? あたし飛んで戻りたい」
「……聞こえてるし、似てねえぞ! 空かあ、俺一人だけでいいなら」
「マジかこの超人類。しかも自分一人だけって完全にあたしは見学者じゃねえか、馬鹿にしやがって」
結局誰も立ち上がらず、座ったまま気力の無い声で会話が続く。
エルガが眉を下げてこの状況を見兼ねたのか案を出した。
「もういっそこのまま、ここで皆が起きて来るまで寝たらどうだい?今日は休日だしどうせ遅くまで寝てる人も多いし。遠慮しなくていいよ」
「そうしようよ、もういいじゃん。寝よ寝よ、あたしソファ行くわ」
待ってましたとばかりにもう開いていない目のまま、ソファへ倒れ込むとそのまま寝息を立て始めた。
ルーカスはこれまでの間に椅子で前へ倒れるように寝ている。
「おやすみー、シェアトは寝なくていいのかい?」
余裕のある声をかけられ、今まで頭が余り働いていなかったが無性に悔しくなり、お手伝い天使に熱い濃いめのコーヒーを頼むとエルガの前に座り直した。
「ああ、久しぶりに二人で話せるしな。一人だと退屈だろ?」
「流石! 優しいじゃないか。……僕の心はカイの物だけどいいのかい?」
エルガは震えながら、シェアトに怯えた目を向ける。
とうとうシェアトは眠気を吹き飛ばして怒鳴った。
「怯えた目をしたいのはこっちなんだよ!」
「ひゃああぁ……」
階段の方から鳴き声のようなものが聞こえた気がした。
二人は声のした方を見るが、物音もしない。
「なんだ今の……気味悪ぃな……」
「ひゃあぁやっぱりいるぅ……」
やはり女子寮の階段から聞こえてくるようだ。相手が見えないが、女子寮へ続く階段は二人は上る事も出来ない。
足を踏み入れた時点で警報が鳴り響き、どこからともなく蔦が侵入者を襲うのだ。
ちなみにこれは入学当初につまずいたと叫んだエルガに投げ飛ばされ、不可抗力で侵入者となったシェアトが実証済みである。
「面倒だな……おい! なんなんだよ!?」
「……あのぅ、私……散歩に行きたくてぇ……」
「おう、そりゃいいな。……行けよ。何そこでもじもじしてんだよ。恥ずかしがり屋もそこまで行くとただの奇人だぜ?」
相変わらず姿は見せないが、鼻をすする音が聞こえてくる。
苛立ちを隠さないシェアトを前に、また楽しそうににやついているエルガ。
そしてその横のソファでむくりと甲斐が起き上がり、止める間もなく階段へと向かった。
動揺する相手の声が聞こえてくる。
「ちょちょちょっ……やめてくださいぃぃ……! うそうそうそぉぉぉ!」
そして落とされたのか、階段から転げるように出てきたのは淡い桃色の髪をした甲斐と同じく小柄な少女だった。