第二十話 深夜のひそひそ
「誰もいないんだね。もっと賑わってそうな気がしてたのに」
部屋の中をうろつく甲斐は暖炉の上の小物を触ったり、鏡に映る制服姿の自分を見ながら言った。
「月組はいい子ちゃんが多いからな。飯食ったら部屋にこもって勉強でもしてるんじゃねぇの。その内カビでも生えちまったりしてな!」
馬鹿にした調子で言うシェアトは斜めに口を上げた。
「自分と違った者を受け入れるのには勇気がいるものだ! これを機に己を見つめ直してはどうかな!? おっと、カイ、さあ、自由にくつろぎたまえ! 遠慮は無用さ!」
両手を広げ、まるで自分の部屋のように甲斐に告げるエルガにシェアトは額を押さえ、頭を振った。
「ねえ、この人本当にそのいい子ちゃんの組で間違いないの? 浮いてるんだろうなあっていうのは火を見るよりも明らかなんだけどさ」
「カイは誰に対しても言葉の切れ味抜群なんだね……。実はこんな感じでもエルガは人気あるんだよ。成績も良いし、月の専攻分野に限らず優秀だし……。でもエルガの家の話とかはあまり……」
「ルーカス、ルーカス。僕への賛辞はその位にしてくれないと。それに如何に僕が素晴らしいのかはこの先、十二分にカイに伝わるだろうしね!」
素早く二人の間に入ると、ウインクをして人差し指をルーカスの口元にあてた。
そして言い放つや否や、自信たっぷりに向き直るもいつの間にか甲斐はシェアトと共に椅子を他の席から移動させている最中だった。
設置が終わると甲斐は戸棚を開いて、何か無いかと頭を突っ込んで漁り始めた。
全員が入り口に背を向けている為、誰も入って来た者がいる事に気付いていない。
「騒がしいと思ったら……。おい。もう十一時だぞ。自分の寮に戻れ」
夕食後は普段ならウィンダムと共に寮に戻り、課題をこなしている。
今夜は久しぶりに夜の外へ出たのでせっかくだからと特にあても無く散歩をして帰って来たのだが、渡り廊下から中の騒がしさは聞こえていた。
もしやと思ったが予感は的中し、不愉快なメンバーがよりによって自分の寮のロビーに集結している。
その気持ちが全面に出てしまい、さも不機嫌な声と表情となってしまった。
「なんだよ? なんか言ったか? ぼそぼそ言ってちゃ聞こえねぇぞ」
ビスタニアを見るなり、馬鹿にしたように斜めに顔を傾けて上から下まで目線を這わせる。
「貴様のような低俗な者が同じ校内にいると思うと吐き気がするな」
「同感だな、俺も同じ気持ちだぜ! ……っおいおいおいおいおい! ……お前その髪色、どうしたんだよ!?あ、前に俺にやられた傷が開いたのか! だから真っ赤なんだろ!? じゃなきゃ、ありえねえよな! 髪の毛が赤とか笑われちまうぜ!?」
驚いたような声で言うと、その後にシェアトは大きく笑い、ルーカスは緊張した面持ちで二人を目で交互に見ている。
エルガは椅子に足を組んで座って、この様子を楽しんでいるようだ。
ビスタニアの赤い髪に負けないほど紅潮した頬を見て、シェアトは鼻で笑った。
こうして何度もいがみ合い、時には魔法をぶつけ合ってきたがそのせいで一度、ビスタニアは頭を切っている。
そしてそれを知っているのはこのメンバーなのだ。
「口を慎めセラフィム。自分の、寮に、戻れ。聞こえないか?」
「おい、なんだよやんのか? お前、今度は体中真っ赤になるぞ?」
シェアトが一歩前に出ようとした時に、ビスタニアの目と口が大きく開いた。
甲斐が戸棚の中から袋菓子を両手に掴んで這い出て来るのを、彼は見てしまったのだ。