第二百六話 甘党王子のコイゴコロ
「あれっ、まだ起きてたの? カイ一人?」
夜遅くに戻って来たルーカスを星組のロビーで待ち構えていたのは甲斐一人だけだった。
隣にはフルラがソファにもたれかかって寝息を立てている。
美肌維持に必死なクリスは恐らく一人で部屋に戻ったのだろう。
エルガの姿を探したが、見当たらなかった。
「うん、フルラちゃまはおねむらしくて。暇だったー! 遅いよー! どこ行ってたの? ねえ、シェアトは? まさかまだ目覚めないの?」
「いや、もう目覚めてるんだけど……ちょっとまだ気持ちが落ち着いてないみたいだよ。今夜はあのまま寝るみたいだから、明日には復活してると思うけどね」
「ふーん……そっか。 意識あるなら別にいいや。急になんだっただろ」
ルーカスが部屋に送ってやっていた途中、シェアトはうな垂れてしまっていた。
あのまま彼は告白するつもりだったらしいが、甲斐がこの調子では空回りし続けてしまうだろう。
かといって、何か手助けをしようとは思わないが。
ここまで核心をかわし続ける甲斐を見ていると、わざとやっているのではと思ってしまう。
そもそも根本的に恋愛感情があるのだろうか、そこからして怪しい。
「カイ、ときめいた事とかある?」
ルーカスの普段と毛色の違う質問に、甲斐は酷く動揺した。
「んはっ!? ときめき? ど、どしたのルーカス急に……。あるよ、そりゃあ。素手でハトを捕まえた時はすっごいドキドキしたなあ。まさか捕まえられると思ってなかったし……。あと、寝てる時に何かの気配を感じて目を開けたら、顔に向かってゆっくり糸を伝って下りて来る、立派に育った蜘蛛がいたときもかなりドキったね正直」
「そういう生命の危機に瀕した時とか、相手の命をその手に握ってしまった時のドキドキじゃなくて。異性に対してこう、ときめくっていうか……」
低く唸りながら腕を組んで考え出した甲斐を見ながら、これはかなり重症かもしれないと生唾を飲み込む。
「……無くは、ない? でも、なんで? 要は少女漫画みたいな『やだっあの人カッコいい! 墓に一緒に入らせて!』みたいなやつを聞きたいんでしょ? そんな事言ったらルーカスこそ、こいつを墓に入れてやりたいって思うような事あったの?」
「僕のバージョンだけ意味合いがちょっと違って来てる! そんな物騒なこと思った事無いよ! そりゃあ、まあ……可愛いなとかは思う時はあるよ」
「へえええ!? 誰!? 誰を!? あ、いっつも一緒にいるのはクリスか! クリスを!? 可愛いって!? こりゃあ、お赤飯炊かなきゃな!」
ルーカスはこうして悪ノリをしている甲斐に詰め寄られても動じない。
それどころか余裕の笑みを浮かべている。
「オセキハン? クリスは美人だけど、可愛いところも沢山あるんだよ。友達思いだし、シェアトとはよく喧嘩になってるけど良い子だと思ってるのは本当だよ」
「ほうほう! 特ダネだ! フルラ隊員! しっかり聞いていたか!?」
「いえーすまーむ。聞いちゃいました……えへ」
「フルラ、起きてたの!? ……ああ、もう。参った、参りました。余計な事を言わないようにね、凄腕記者のお二人さん」
にやつく二人に両手を上げて降参の意を示すと、立ち上がって部屋へと戻る。
その後ろで甲斐が吹けていない下手くそな口笛で冷やかしていた。
結局、自分の情報を持っていかれただけで終わったが、あれはどうにも手強すぎる。
果たしてシェアトに、恋の女神は微笑むのだろうか。




