第二百四話 赤髪王子はヤキモチやきで
「おや、ナバロ君。お一人かい?」
会いたくない連中が、食堂に向かおうとしていた。
シェアトは意識が戻らないのでルーカスに気付けをされ、寮へと運ばれて行ったようだ。
女子の群れの中に混ざり込んでいるエルガは、顔立ち的に然程違和感が無いので気が付かなかった。
見るからにまだ怒っているクリスと、どこか別の世界に飛び立っているフルラの間にいた甲斐はぱっと反応して嬉しそうに笑いかけて来る。
「ナバロー! なんか久しぶりだよね。一緒にごはん行こうよー! 行こう行こう行こうー!」
駄々っ子のようにビスタニアの腕を掴んで大きく何度も振るのを、思い切り振り払ってしまった。
びくっと体が動いた甲斐の顔は、見られなかった。
「……いや、俺は食欲が無いんだ。少し、調子が悪いから部屋へ戻る」
「そっか……。ナバロ、大丈夫?付き添おうか?」
心配そうに見上げてくる彼女の顔を、やはり見られない。
そうやって、誰にでも言うのだろう。
檻の中にいたはずの醜い気持ちが、今にも扉を食い破ろうとしている。
ああ、お願いだ。
傷つけてしまう前に、どうか俺から離れてほしい。
「ナバロ?ほんとに顔色悪いよ、大丈夫?」
「……もう、俺に構わないでくれ。お前がいると、気分が悪い……」
彼女の心を切り裂く刃物が、加減を知らずに止まらなくなってしまいそうだ。
何も、悪くない人を傷つけるのか。
自分の気持ちの整理が終わらないからと、暴れて泣いて、結局何かを壊して終わらせるのか。
こんなに子供じみた自分には、何一つ果たせる事など無いような気がする。
大切な物が出来るのが怖いのかもしれない。
だから力任せに投げつけて、壊れた後に安心したいのか。
ああ、これがなくても生きていける。
という事は、大切ではなかったのだと確認したいのだろうか。
「……なんで、ここだったんだろうな。お前が、来たのは……。……早く、元の―」
「はいストップ。付き添いは男の僕に任せて。皆は先にディナーを楽しんでおいで」
エルガがぱちんっと、大きな音を立てて手を打つと間に入り込んでビスタニアの視界に背を向けた。
甲斐に微笑み、クリスとフルラに手を振るとビスタニアの手首を即座に握った。
驚いたビスタニアに抵抗されているようだが、全く彼の重心がぶれる事は無かった。
「……カイ、腕を痛めなかった?」
「腕よりも心が痛い……。ナバロ、生理前なのかな……?なんだろう」
「カイちゃん、みんながみんな生理前にイライラするわけじゃないよう……。何かあったのかなあ……」
「……ほっときましょ、あの人子供なのよ。きっと気に食わない事でもあったんでしょ。さ、お腹が空いたわ!」
クリスが背丈の同じ二人の背をぽん、と押した。
「でも、エルガ君が率先して行くなんて珍しいよね。こういう時は見て見ぬふりを突き通してるのに……。あ、カイちゃんに何か酷いことでも言おうとしたのかなぁ」
「言って終わるなら全然聞くのにな。三回に一回は拳が飛ぶかもしれないけど……」
「最近、私カイの血圧が気になるのよね。夕飯から改善していきましょう」
「りょ、療養食なんて食いたかないね! 塩分万歳! ばんざーい!」
ビスタニアが言おうとした事は、甲斐自身もそう思っていた。
何故、ここに来たのかと。
右手の人差し指にはまっているこの指輪が、ヒントをくれた。
だが、その内容は誰にも教える事は出来ないのだ。
それに対しての申し訳なさはあるが、あの時、ビスタニアが言いかけた言葉。
本当に聞かなくて、良かったのだろうか。
忘れかけている、当初抱いていた自分の本当の目的を、叩き起こされたような気分だった。
この世界のどこにも、あたしの居場所など用意されてはいないのだから。




