第二百一話 クリスの疑問
この状況に納得がいっていないクリスは、早速どうにかエルガと接触をしようと試みていた。
シェアトはどうやら自分のありありと出ている態度に対して無自覚のようだ。
誰が見ても甲斐に好意を抱いている事がバレバレなのだが。
それに、それはエルガも分かっているだろう。
このままでいいのだろうかと、前から気になってはいた。
自分なんかよりも仲の良い三人の事だ。
そういった話をもうとっくにしているのかもしれない。
しかし、エルガが驚くほど何も変わらないのはそれもおかしいと思う。
隙あらば甲斐に対して薄ら寒くなるような発言をしているし、彼女に対して失礼があれば誰よりも早く反応するのはいつも彼だった。
諦めがついていないのか、それとも良きライバルとしてシェアトを受け入れているのか。
どうしてもそこが気になって仕方が無かった。
そして今、ようやく狙っていたタイミングが訪れていた。
エルガが一人、調べ物があるとロビーを出て行ったのだ。
少し間をおいていそいそと後を追うが、彼の足が長いのかその姿はもうどこにも無かった。
「うそ……! どうせ知書室でしょ……。ん? それともどこかの準備教室かしら……」
「誰かお探しですか、レディ?」
何故か後ろから探していた人物に声を掛けられた。
パンツのポケットに手を入れているが、そうしていてもだらしなく見えるシェアトと違って彼は何をしていても様になる。
「……お見通し、ってわけね。ちょっと、聞きたいことがあるのよ。あ、でも正直興味本位だから答えなくたっていいわ。 そこは妄想で補うから」
「探求心は満たしてあげないと結果的に暴走してしまうよ。僕でいいなら、何でも聞きたまえ!」
「あら、そう。じゃ、早速だけど直球でいくわ。シェアト、カイの事が好きじゃない。あれは完全にそうでしょ? いいの? このままで」
さらにエルガの表情はにこやかになった。
この彼に嫉妬心や、そこから生まれる焦りなどは無いのだろうか。
「そうだね、でも最近ようやく行動に移せるようになっただけでシェアトも最初からカイを好きだったと思うよ。勿論、僕もだけどね」
「……そう、なの。ち、違う違う! 貴方はそれでいいの? そうやって澄ました顔してると、取られちゃうわよ?」
まるで決め台詞を言ったようなクリスのどうだというような表情に、エルガはきょとんとした顔になった。
「取られる? カイを? はは、クリス。君は面白い事を言うね。カイがシェアトと結ばれる事で僕が彼女全てを失うと思っているのかい? それは間違いだよ。心は、誰に向いていてもいいんだ。……僕は最初から、彼女の心を的にしている訳じゃないよ」
「……いいの? ……じゃあ、エルガのカイに対する気持は『好き』じゃないってこと?」
「いいや、大好きだよ。おっと、君も当然好きだよ! 寂しい気持ちにさせてしまったなら申し訳ないね! ただ、カイは僕の中で特別なんだ。そしてそれは誰にも邪魔出来ないよ」
自身有り気に言い切ったエルガにクリスは言葉が出て来ない。
せめて何か、このチャンスを活かせるような質問を。
「……じゃあ、もしも……カイが貴方のことを好きだと言ったら……?」
「……クリス、カイは皆が大好きだ。それは僕も痛い程分かっている。ただ、恋愛感情としてその言葉が僕に向くのはまずあり得ないよ」
「何よ、答えになってないわ。逃げるの? ただの例え話じゃない。エルガ、貴方って臆病なのね」
挑発的に言ってみたが、やはり彼の表情を崩すことは出来なかった。
少しだけ、自分の友人の気持をないがしろにされているような気がして、腹が立ったのだ。
「そうさ、だからこそ仮定の話がとても怖いんだ。もしもこうだったら、と考えると尽きない不安に襲われて足元から消えてしまいそうな気がしてね。僕は残念ながら『今』しか生きる事が出来ない、夢の無い人間なんだよ」
「……じゃあ、嫉妬もしてないのね。それなら、いいんだけど」
「なんだ、君は僕の心配をしてくれていたのかい? それは悪かったね。見ての通り僕は大丈夫さ。 むしろカイの魅力が確かな物なんだと誇らしい気持ちでもあるからね」
零れた笑いは、二つになった。
舌戦でエルガに勝てる者はここにはまず、いないだろう。
上手く丸め込まれてしまったと分かってはいたが、きっと彼の心に入り込めるのは、自分ではないのだ。