第十九話 月組へようこそ
「おお……、寝てらっしゃる。予想外で反応し辛い」
「起きてる時もあるんだがな。ま、明日にでも話せばいいだろ」
残念そうにホワイトレディの寝顔を見ているとシェアトに頭を軽く叩かれ、三人に付いて行く。
螺旋階段を上がり、甲斐の倒れていた廊下を進むと広々とした折り返し階段があった。
何度も上り続け、息が上がり始めた頃にようやく連絡通路のフロアに到着した。
「きょ、今日はちょっと遠かったね……」
「ルーカス、本ばかり読んでいるからじゃないかい? あ、勿論勉学も大切だよ! でも、文武両道が一番さ! そんな事ではレディを守れないじゃないか! 見なよ、僕のこの乱れを知らぬ呼吸を!」
「エルガ…意外と体力あるよね……。それにしても、よくそんなに喋れるね……。本当に同じ人間かな……?」
「構成している物は同じだとしても、 僕は何故なら僕だからね! 羨む気持ちは痛い程分かるさ!」
話すのですらいっぱいいっぱいのルーカスに畳みかけるように語るエルガの後ろで、甲斐とシェアトは案外仲良くやっていた。
「えっ、嘘。このフロアに来るまでの段数って毎日変わるの!? 迷惑!」
「基本的にここまで上らせることはねぇんだけど……。月組はなんていうか全体的に性格悪いよな」
エルガの足が自然にシェアトの足に伸びて行き、進む勢いのままシェアトは前へ倒れ込んだ。
「おおっと、すまないね! 僕の長い足が邪魔をしたようだ! 後でよく叱っておくよ」
「……なら今俺が叱ってやるよ!」
シェアトの軽口に愉快そうに口元を押さえながら笑うエルガはまるで女性のようだ。
起き上がってエルガに掴みかかろうとするも、華麗に攻撃をかわされ続けるシェアト。
呆れたように笑うルーカスに、ふと甲斐はこの三人は同じ十七歳にしては随分と違うものだと感心する。
エルガは眉目秀麗であり、華奢な体系と長めな髪もあって中性的に見える。
ルーカスは柔らかそうな髪の毛と、性格がよく出ている柔和な顔つきをしているが実年齢よりも幼く見える。そして彼が一番背が低い。
シェアトに至ってはいつも意地悪そうな表情をしているが、実際は誰よりも感情表現がストレートで少し子供っぽい内面がある。
だが、体つきは三人の中では誰より男性的である。
甲斐はこの中で一つ年が上だが、ランフランクの配慮で二年生へ編入となった。意外にも年の差は然程気にならないのはこのやかましい三人のおかげだろうか。
連絡通路を抜けると高さ三メートルはあろうかという鉄の扉の両脇に、西洋甲冑が立っていた。
片手にはどちらも大きな剣と盾を持っており、威厳が感じられる。
「ただいま戻ったよ、ライト! やあやあ、僕の為にありがとうレフト!」
「お邪魔するよ、二人ともお疲れ様」
エルガが前に立つと向かって左側の西洋甲冑が敬礼をし、右側の方が戸を開け放った。
「ほら、自己紹介しとけ。一回やりゃ覚えてくれるから」
「初めまして、カイ・トウドウです。……間違いない、今日は今までの人生で一番自己紹介をしている」
西洋甲冑の二名は無反応のままだったが、甲斐が背伸びをして顔の部分のマスクをどうにか外そうとし始めたため、シェアトに首根っこを掴まれて中へ引きずられていった。
中に入ると見事な模様の絨毯が敷き詰められた床、大きなレンガ調の暖炉が出迎えた。
一見するとまるで豪邸のリビングルームのようだ。
大きな額の中の絵というのだろうか風景は青々とした草原の草と、青空を背景にした薄い雲は風によって常に変化している。
大きなダイニングテーブルや室内の至る所に椅子があり、何人も並んで映せる縁取りの立派な鏡や、カフェテーブルも幾つも置いてあった。
そしてどこか、懐かしさを感じる匂いがした。