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魔法学校に転送された破天荒少女は誰の祝福を受けるか~√8~  作者: 石船海渡
第1章 君に出会って
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第一話 穴にはまるは

 頭の痛みは消えた。

 というよりもそれどころではない、といった方が正しい。

 

 まず腕、そして次に腰が痛い。

 言ってしまえば足だって肉の薄い部分は痛い。

 じん、と熱さが残るような感覚があり、どこに力を入れて起き上がるのが正解なのか感覚で探している最中だ。


「(痛い。この世の全てが憎い……。ハッ、なんだか今なら世界を破壊しようとする魔王の気持ちに寄り添える気がする……)」


 己の心が憎しみに捕らわれる前に甲斐の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。

 自宅のはずだが、何か嗅いだ事のあるような、無いような。

 知らない匂いがするのだ。

 気のせいかと思ったが、起き上がり周りを見渡すと随分と広い、そして見知らぬ廊下のど真ん中にいた。



「えっ、なにこれは。サプライズリフォーム? やだー!」



 床は黒く艶めいたタイルが前も後ろも一直線に伸びている。

 汚れ一つ付いていないようだ。

 壁は白く、柱が均等な感覚で並んでおりその全ての合間には小柄な甲斐よりも大きな絵画が並んでいる。


「(凄まじい金持ち臭がするここは本当にあたしの家だろうか。誘拐されたのかな、それとも今までの人生が夢だったのかな。ほんと人生って不思議がいっぱい)」


 痛む体を立ち上がらせ、とりあえず前へ進むことにした。

 へぇへぇほうほうと絵画を眺めながら堂々と真ん中を歩いていたが、突き当たりに近付いた時に変化が起きる。


 遊園地でしか味わったことのないような、胃が浮く感覚が起きた。

 そして彼女は落ちて行ったのだ。




「び、びびったあぁぁぁ……! 胃がとうとう体から出ていくという決意を固めたのかと思ったあぁぁぁ……!」




 どうやら床が抜けたのか、元々穴が開いていたのかは不明だがとにかく落下したという事しか分からない。

 そんなに深くもなく、身長とほぼぴったりのサイズで横幅も狭くもなく広くもないというこれまたしっくりくる穴である。

 脱出しようと試みるも、縁に手はなんとかかけられるのだが上手く力を入れて自分を持ち上げることができない。




「ふんぬぎぎぎこのくそどっこいしょおおおお」




 上半身のみをほふく前進のような体勢で、上体を全力で持ち上げるとどうにか廊下を見渡せられるほどに頭を出すことができた。

 そして、目指していた廊下の突き当りから少年一人がひょっこり現れ、こちらへ向かってくる。



「ちょっと、そこのお兄さん!」

「えっ……!?」



 翡翠のように美しい色の瞳、ミルクティに似た髪色。

 少年といっても甲斐と同じ年頃だろうか。


 白いシャツには黒地に銀色の糸でデザイン性の高い星のような刺繍の入ったネクタイを締めており、これまた黒地に赤いチェックのパンツ。

 高そうな黒のジャケットは胸元にネクタイと同じ星の刺繍が輝いている。

 声の主を探している彼は、両手で体を支えつつ頭と目だけを出している甲斐を見ると心底驚いたようで一瞬体を跳ねさせた。




「あらあらまあまあ、随分綺麗なお顔立ちしてんのね。褒めたからちょっくら引き上げてもらえたりする?」

「え、ちょっ……? いや…えっ? なに? 何して……えっ?」

「早くして、あたしの腕力は 君が思っている以上に限界に近いから」

「えぇ……。じゃ、じゃあ引っ張りますよ。よいっしょ……ふっ……あれ……えいっ……!」




 腕を掴んで引っ張るものの、中々どうして上半身が上がらない。

 甲斐はされるがままに任せているが、少年の顔色がどんどん赤くなるだけだ。




「……す、すいません……。ちょっと脇の辺り持って引き上げてもいいですか……?」

「許可しよう。その代わりしっかり頑張れよ」

「あ、ありがとうございま……えっ?じゃ、じゃあいきますよ……」


 少年は最初は思わず微笑みかけたが途中で何かが、どこかがおかしい気がした。

 自分も身を中へ乗り出して甲斐の両脇を持ち、更に顔を赤くして力を入れる。

 するとずるりと甲斐の体が半分以上穴から出てきた。




「そいやっと!」




 甲斐はその隙を逃さずにプールから上がるアザラシのように這い出る事に成功した。

 少年は息を上げて座り込んでいる。


「で、出れましたね……よかっ……た、はぁ……」

「助かったよ 貧弱野郎! あれ……もしかして君、外人さん?」

「ああ、いえいえ……。……今なんて!? ちょっ…! そんなことより貴女の格好なんですかそれ!?」




 甲斐の服は朝の状態のまま、すなわち素肌に短めのワンピース型のパジャマのままである。

 少年の顔の赤さが増した。




「ああ、そうだった。ねぇ、ここってあたしの家かなあ?家だよねえ?……ようこそわが家へ……! ん?もしや病院とか?」

「お、落ち着いて……。ええと…何を言っているのか分かりませんが、とりあえず着替えてきたらどうですか……?」

「いやあそうしたいんだけどさあ……。まあいいや、とにかくここどこなの貧弱少年」



 堂々とあぐらをかいて聞いてはみたが、少年は眉間に深く皺を刻んだ。



「貴女本当にちょっと……。寝ぼけて迷ったんですか?ここは東館ですよ。大丈夫ですか?そんな寝間着姿ですし……」

「ああ、そう位置情報をありがとう。すっごい分かりやすいじゃん、東館ね。はいはい。……うん。で、ここ自体は誰のお宅なの?」

「……?まあ、みんなのというか…寮制ですし…。あれ、さっきから気になっていたんですが…貴女部外者なんですか……?」

「え、あ、いや、今日からなの、あたし。何にも知らないままだったからさ。とりあえず迷ったみたいだから玄関まで送ってもらえないかな?」



 好意的だった視線が訝しげなものに変わった少年に、流れるように嘘をつくと若干ではあるが警戒が解けたようだ。



「それにしても……何でそんな恰好で来ちゃったんですか……。玄関?いいですけど、何かあるんですか?次の授業間に合いますか?僕は無いからいいですけど……」

「ちょっと色々あって。……授業?ああ、大丈夫大丈夫。今日サボる予定だったから、元々。行こう行こう」

「あ、その格好で隣を歩かれるとちょっと……。これ、着ててください」




 甲斐にジャケットを渡すと羽織るのを待って、二人並んで歩き始めた。



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