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第百九十六話 お疲れ様の一言が

 生きて帰って来た兄を見て、クロスは思わず席から立ち上がった。

 そして同じテーブルで話していた今日の授業に関する友人達の問いかけに答えぬまま、無意識に歩み寄って行った。

 


 なんと声を掛けよう、いや、そんなことは後回しでいい。



 クロスは今回の『W.S.M.C』の職業体験はどういったものか尋ねた時に、任務へ参加するのだと教員から事前に聞いていた。

 いさかいがあってからシェアトと話が出来ず、当日である今日も結局何も言えぬままだった。

 見送る事もせず、こうして後悔と酷い自責の念に苛まれながら帰りを待っていたのだ。



 いつもより早めに食堂へ来て待機していたが、次々に戻って来る生徒の中にシェアトの姿は無かった。



 悪運が強く、小さな時から危ない事ばかりしていたが、へらへら笑いながらいつだってすんでの所で難を逃れてきたのだ。

 それにたかだか職業体験なのだから、そんなに危ない目には合っていないはずだと思い込もうとした。



 そして、ようやくここへ戻って来た兄は別人のように見えた。

 


 皆に迎え入れてもらいながら、笑う顔はどこか見知らぬ他人のようだ。

 たった一日、いや半日の間で何があったのか気にはなるが、無事に帰って来た事がとにかく嬉しかった。



 特殊部隊への志願を認めることは出来ないが、せめて、せめて何か一言でも。



 あのうるさい女がせっついて催促してきた祝いの言葉を、とはいかないが労う言葉位はかけてやってもいいだろう。


 クロスが兄のいるテーブルに近付いた時、スカートを履いた男のような髪型の人物が激しく怒鳴り始めた。

 良く見ればクリスと呼ばれていた女だ。

 そしていつも温厚そうな、事なかれ主義に見えていた星組の男までも兄を激しく責めているようだ。

 誰もこの兄の変化に気が付いていないのか。


 こんなにも取り込み中ならば一度戻ろうと、踵を返しかけた時だった。

 あの小さい女も兄と同じ体験へ行っていたというような内容が聞こえた。


 予想外の話に振り返れば、エルガと話している彼女の雰囲気もまた同じようにどこか違うに感じた。

 直後、兄は癇癪を起こしたかのように怒鳴った後、食堂を出て行ってしまった。

 その後姿を星組の男が追い掛けて行く。



 その後をクロスも自然と追い掛けていた。



「シェアト! シェアト! 聞こえてるだろ? 止まってくれないか?」


 ルーカスが珍しく声を張った。


「……なんだよ、疲れてんだ」

「……何をそんなにカリカリしているんだ? 疲れてるのは皆一緒……あ、いや……エルガはどうか分からないけど」

「……チッ、お前までなんだよ。俺は今機嫌が悪いんだ、小言はやめろよ」


 思わず追い掛けて来てしまったが、それに気が付いた兄は本気で嫌そうな顔をして頭を掻いている。

 星組の奴は軽く会釈をしてきたが、席を外そうとはしない。



「……小言を言われるような事をしてるんですか? ……それに……別に、そんなつもりで来たんじゃないですよ」

「どうだか……。じゃあなんだよ、俺に何か用なのか?」


 つっけんどんな態度に、気持ちを荒立てぬように気を使いながら考えてみる。

 この兄に何を言ったとしても、真意が伝わるとは思えなかった。

 今までの関係からしても素直に労うような弟だとは思われていなのは分かっていたが、それに今回はタイミングが悪い。

 これ以上こじれてしまう前に、出直した方が良さそうだ。



「いえ、またにします。あの……お休みなさい」



 とりあえず、嫌な雰囲気にならないようにと努めようと笑顔を作り出した。

 その笑顔は傍から見れば正に邪悪そのもので、薄ら笑いを浮かべたまま若干見上げた顔は、どこかこちらを見下しているようにも見える。


「お、おう……!?」

「おやっ、おやすみ! おやすみクロス君!」

「(良かった…、久しぶりにちゃんと会話出来たな。 そうか、笑顔があればいいのか)」


 気を良くしたクロスは振り返ってもう一度、にこやかに笑いかけた。

 その姿は暗闇に消えて行く直前、一度立ち止まってゆっくりとこちらを振り返り、何を言う訳でもなくただにやりと不気味に笑う少年として二人の目に焼き付いた。


「なななんだよあいつは……! 結局何しに追い掛けて来たんだよ!? またって何のことだよ!? 気味悪ぃ……! どういう意味でのおやすみだよ!? グッドナイトメアって事か!?」

「わ、分からないけど……凄く、怒ってた……のかな……? でも、 中々斬新な恐怖を与えて来るね……」


 二人は早足でここから一番近い寮へと向かいながら、まだどこかにクロスがいるような気がしてその陰に怯えていた。

 一方、噂の本人はというと火照った頬を片手の手の甲で冷やしながら、近い内にまた頑張ろうと意気込んでいた。

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