第百九十五話 断髪式に行ったんだっけ
「お帰りなさい! 二人とも無事で良かったわ! 心配していたのよ!」
「うん……、ありがとう……!? ……ど、どちら様でしょうか……」
長く綺麗だったクリスの髪の毛は、ばっさり無くなってしまっている。
ボーイッシュな髪形だが、はっきりとした顔立ちが際立って良く似合っている。
職業体験の終わった者は食堂にいるようで、エルガもちゃっかりとその輪の中に入って出迎えてくれた。
どうやら甲斐とシェアトがこの中では一番遅かったようだ。
「髪の毛をだらだら伸ばしたままのやる気の無い奴に命の現場は務まらん! って怒鳴られたのよ。縛ろうとしたけど結う物も無くて、切り落として来たわ! 勿論、外に出てから切ったわよ!」
「カイの冗談を地で行く奴がいたぜ……」
シェアトが甲斐を小突いているとフルラが悲しそうな声を出している。
「もったいないよううう……。でもショートも可愛いねぇ、顔がはっきり見えて印象が違うよぉ~」
「あら、ありがと。その怒鳴った人は院長だったんだけど、驚いてたわ。そのまま外で髪を切って帰ろうとした時に医師の方が簡単に整えてくれてね。 それがオペに使ったハサミだったのが気になったけど、綺麗にまとめてくれたしいいかなって」
体験に行って思うところがあったのだろうか、ルーカスはどこか上の空に見える。
笑顔は絶やさず、タイミング良く相槌も打ってはいるが、話に積極的に加わっていないのだ。
「カイちゃん達は、どうだった? ……あれ、カイちゃんはどこに行ったんだっけ?」
「えっへへ~! 『W.S.M.C』だよ! いやー大変だった。ホントに戦場連れてかれるんだもん。……あれ、ちょ、星組コンビの目が怖い……」
何気なく聞いて来たフルラだけでなく、皆に今日の職業体験の行き先を伝えていないままだった。
なるべくエルガを見ないようにして甲斐は答えた。
テンションを上げて話したが、クリスとルーカスの心配性コンビが騒ぎ出した。
「シェアト! さては君、知ってただろう!? どうして止めなかったんだ!? カイに何かあったら、どうする気でいるんだよ!? いつも君が守ってやれるわけじゃないだろう!?」
「ああ、もうカイ! 貴女ってどこまでほっとけない子なの!? 怪我は無い!? 危ないじゃない……! 一言言ってくれてたら……何も知らずに待っている私達の身にもなってちょうだい! シェアト! その耳を押さえている手を離しなさい! 今すぐに! 貴方がそんな調子なら私は更に大きな声を出さざるを得ないわよ!?」
「ああ、もうやめろ! うるさいんだよ! 俺と、お前らとの距離は、たった三十センチだぜ!? 大声出すほどそんなに遠いか!? ならもっと近付いてやるよ! ほらこれでどうだ!?」
ぐっとルーカスに顔を近づけるシェアトは、鼻息が荒い。
だが今回はルーカスは引かず、クリスも負けじと鼻息を荒くしている。
自分のせいでシェアトが責め立てられているのは、若干申し訳ないが今更仲裁に入るのも面倒で、席に着いて見守っているとエルガが声を掛けて来た。
「僕のカイが無事だったんだから良かったよ。姫はいつだって王子の元に帰ってくるものだ」
「姫様ってそんな帰巣本能あるの? ねえ本当?」
二対一では分が悪いと察したのか、部屋に戻ってしまったシェアトをなだめにか、ルーカスが追い掛けて行った。
あんな事があった直後なので不安定になるのは分からなくもないが、驚くほど切り替えが上手く出来ている自分は正常なのだろうか。
こうして皆と笑い合っている数時間前に、人が人を殺す瞬間を目の当たりにした。
本来は知らないはずの世界を知ってしまった。
今まで実戦で使いこなしてきた魔法が、あの場では何の役にも立たなかった。
これは相手を殺す為の力であるはずのものだと、今さらながら叩き込まれたのだ。
もう痛む場所の無い体のどこかが、皆と笑い合っていると疼くように痛んだような気がした。