第百七十七話 困ったときは校長へ
「カ~イ~ちゃ~んっ! 遅かったね! 酷い顔だよ!? ど、どうしたの……?」
フルラが甲斐に甘えるように飛びつこうとした時、彼女すらも躊躇うほどに甲斐の顔色は優れていなかった。
「マジで……? 緑とかになってる状態? それとも腐りかけてる感じ?」
「あっ……ううん、ごめんね大丈夫みたい。いつも通りのカイちゃんだぁ」
何かを話したそうにうずうずとしているフルラに、向かいに座るクリスが声を掛けた。
すると嬉しそうに顔をほこらばせて口を開きかけたが、すぐに首を激しく横に振って、黙ってしまった。
その際に、両脇にいた甲斐とシェアトが結われた髪の毛を、何度も顔に当てられていた。
怒ったシェアトが片方の髪を掴んでぐいぐいと押したり引いたりと、好き放題しているのを見兼ねたルーカスが止めに入る。
「こら、シェアト! 君は短気過ぎるよ! カイに襲われるのに比べたらそんな髪の毛なんて痛くも痒くもないだろ」
「……は? え? は? なんで今、さり気なくあたしを引っ張り出してきたの?」
「あはは。それより、フルラ。何か言いたそうだったけど僕の勘違いかな?」
「う~んとねっ、まだ内緒! えへ」
「あ~! さては面談が良い結果だったんでしょ~? フルラの進路も内緒なの? もう、私もっと皆はオープンだと思ってたわ」
じろりとクリスはエルガを睨んだが、そんな事を気にするような彼ではない事は皆承知している。
「カイ、 クリスが望んでいる事だし僕にもっと色々な面でオープンになっておくれ。どんな事でも僕は受け止めるさ! さあ!」
「貴方は一度頭をオープンされた方がいいわね……。私じゃ治せない部類だわ……」
どこか、シェアトは不機嫌そうで皆の会話に入ろうとしなかった。
そして甲斐も機嫌が悪いという訳では無いのだろうが、咀嚼ばかりを繰り返して飲み込むことを忘れているようだ。
「あ、そっか。ランランに言ってみればいいのか。困った時は~すぐランラン~」
「急に何よ? 何か困ってるの?」
「カイちゃ~ん! またどっか行っちゃうのお? 今日は夕食後もロビーは三年生使えないんだよ~! 明日も食事の時以外は部屋にいなくちゃだし……その、もっとお話ししたいなあ…なんて…」
もじもじとネクタイをいじりながら上目遣いでねだるフルラに甲斐の表情は緩む。
「こ、これがトキメキ! ぐああ! ……しょうがねぇな、お前と一緒にいてやるよ。フッ。さあ身ぐるみ全部剥がしてやるぜ……」
フルラの顎をくい、と持ち上げた甲斐の背中を叩いたのはシェアトだった。
「それはただのキザな盗賊だ。はあ、部屋に戻っても風呂か寝るしかねぇしなあ。もう三回も風呂入っちまったし、やる事ねぇんだよ」
「えっ、シェアトそんなに自分のダシとって何がしたいの……?」
「ダシとか気色悪い言い方すんな! ほらもう、見ろよクリスのあの目。完全にそういう目的で風呂入ってたと断定したぞあれ。どうすんだよ……」
「おかしいな、君の口から部隊に推薦が取れるまでにやる事が沢山だって聞いたはずなんだけど。 何をどうしたら風呂に三度も入る事になったの?聞かせてよ」
ルーカスの目は、全く笑っていない。
さらに追撃としてエルガが真剣な声色で忠告を述べた。
「いいかい、シェアト。教えてあげなかった僕も悪いけどね、いくらお風呂に入る回数を増やしても僕の様な美貌は手に入らないんだ……」
「落ち着けルーカス、夜に備えてだよ。な! エルガ、お前は人の血圧を上げる天才だな。俺がここで死んだらお前のせいだぞ」
三人は教員から注意を受ける時間まで、食堂にいた。
甲斐は精神的な疲れを感じていたが、下らない話をしているいつもの皆を見ていると、少し心が落ち着いたような気がした。
部屋に戻り、ポケットの鍵を取り出して空に差し込んで回すとガチリと開錠した音が聞こえる。
鍵を抜き、校長室への階段を慣れた足取りで上がって行く甲斐は、自然に閉まったドアをと共に部屋からいなくなった。