第百七十五話 第三の映像
「あー寒っ。思春期ってやつぁー大変だな」
教員に見つからない内に部屋へ戻って来た甲斐は、この静かな空間に飽きて来ていた。
夕食まで仮眠を取ってしまおうかとも思ったが、また新たに指輪に浮かび上がっていたラインの部分の文が気になり、早速取り掛かる事にした。
クロスの真意は分からないままだったが、彼は彼なりに何か思うところがあるのだろう。
「さてと……。『これは少し先のあなたのいる世界の話。これは未来からの「 」』 ……なんだよ! 止めるなよ! 言い切れ! あああまたかあああ」
床でいいだけ転げ回ると、気が晴れたのかベッドにジャンプして座り、辞書を片手に文の先の四文字を探す。
小さな指輪の動くリングを回していくのも、目と指が疲れて来る。
ぶつぶつと独り言を呟いていないと、ストレスで暴れそうになってくる。
「……話? とか、そんな感じの単語が入りそうなんだけど……。あ、だめだ。STORYじゃないのか……。夢……一文字多い……。伝説的な? はい長い!」
きっとまた映像には過酷な未来があるのだろう。
そう思うと辞書を持つ手が、離れてしまいそうだった。
シェアトもルーカスも、あの映像通りの未来へ進んで行ってしまっている。
これで、いいのだろうか。
この指輪は、そんな未来を変えてほしいという思いを持って贈られた物なのではないのか。
それなのに発見が遅れてしまい、その上まだ指輪の映像を全て見る事が出来ないでいる。
だが、自分に彼らの将来を変えられるような力があるとも思えなかった。
ルーカスのように強い覚悟を持っている人間に、一体なんと言えば引き止められるのか。
シェアトのように熱い覚悟を持って夢を語る彼に、一体何を語れば諦めさせられるのか。
焦るなんてらしくないと、甲斐は自分を立て直すが、元からそんなに集中力がある方ではないので余計な考えは何度も首をもたげて来る。
気が付くと数時間が経過していた。
もうそろそろ夕食に向かってもいい時間だ。
「次は……伝承。あー……未来からのメッセージなのに伝承か。どれ……ビンゴだ……!」
この映像には、どんな映像が入っているのか。
この指輪の送り主は何故こんな映像を見せるのか。
今度の映像では一つでも何かが汲み取れるだろうか。
エンドロールでも流れて映像制作に皆の名前があれば、思い切り笑ってやるのに。
最後にNG集があれば、最高だ。
そんな逃避的な考えを他所に映像はすぐに始まった。
明るい声で何かを紹介している声は小さいが、やがて音量が上がった。
それは、どこかの紹介映像のようだ。
『はーい、では中の方を見て行きましょう! 研究されている生徒の皆さんを紹介していきます! こんにちはー!』
ポニーテールに髪をまとめた、笑顔の弾ける女性のリポーターとこの映像のカメラワークの上手さを見ると、どうやら本当のテレビ番組のようだ。
しかしこれは、最初の様にテレビを通して見ている訳では無く、撮られたテープをそのまま流しているように見えた。
映像が切り替わり、厳重なセキュリティをパスして取材陣は奥へと進んで行く。
そして、ノックをした後に真っ白なドアが開き、中の人物が姿を現した。
『はいはいはい、どうぞ~。散らかってるけど入ってどうぞ。落ちてる物は食べない方がいいと思うよ』
白衣には幾つかの汚れがあり、今の甲斐と同じ長さの髪の毛は寝起きなのか、形がおかしくなっている。
目を守る為の遮光眼鏡を眉の上に押し上げて笑う彼女は、いつも鏡で見つめあう自分という存在そのものだった。
「……記憶に無い建物の部屋にあたしがいる……。そしてあたしは取材を受けた記憶も失っている……のか!?」