第百七十三話 直接、伝えたのに
「……今、三年は自習時間では……?」
怒りを押し殺し、シェアトの下敷きとなっているクロスは言った。
事の起こりは、食事後に友人達と授業に向かって外を歩いていた時に遡る。
何かが上で軋むような音がしたと思った矢先に、真上の木の枝が折れ、大量の雪と共にシェアトが落ちて来たのだ。
クロスと一緒にいた友人たちは無事だったか、運が悪く彼だけが巻き込まれた形になった。
怒りは爆発寸前だったが、その前に友人達へ茶目っ気たっぷりに笑いかけ、先に行くように促した。
そしてこちらの声が届かない距離まで友人達が離れたのを確認すると、クロスはシェアトを睨みつける。
「はんっ、やってられっかよ。点呼なんざ取らねぇからばれねぇし。昼の後寮に戻らないで遊んでんだよ」
「遊んでる? ……この学校を辞めて家も捨ててくれたら、日がな一日遊んで暮らせますよ。そうしたらいい。いや、そうすべきです。早くどいて下さい、汚い……本当に汚い……」
「ああ、もうぐだぐだうるせぇな! 見つかったら面倒だと思って枝を移動しようとしたら、脆い枝に乗っちまったんだよ!」
「馬鹿は移動すらも出来ないんですか……。可哀想に……」
雪をほろいながら、見下した目をしている弟にシェアトも黙ってはいない。
危うく手が胸倉を掴みかけたが、にやりと笑って思いとどまった。
「何とでも言え、俺は『W.S.M.C』に推薦取れそうなんだよ! あんな紙切れのテストだけじゃ人の才能は計れねぇんだよバーカ! ほらほら、優秀な兄貴にも少しは可愛い子ぶってみろ!」
クロスの顔つきが、一瞬で変わった。
「『W.S.M.C』……!? 兄さん、それ母さん達に知らせたんですか!?」
「いや、まだに決まってんだろ……。朝の面談で言われた話だし。それに外部と連絡なんて取れないんだぜ、ここは。忘れたのか?」
身長の変わらない二人が向き合っていると、髪形が違うだけでよく見るとどう見ても兄弟と当てる事が出来るだろう。
兄の何も考えていない言葉に、クロスの拳が強く握られた。
それに気が付いていないシェアトは怪訝そうな顔で黙ってしまったクロスを見ている。
「……兄さんはいつもそうだ……。自分が一人で生きているような顔をして…誰の気持ちも考えずに…。自分勝手に、やりたいようにしかやらないんだ……」
「な、なんだよ。よく聞こえねぇ。勝手って言ったか? お前になんで俺の進路を相談しなきゃならねぇんだよ。関係ねぇだろ」
「僕に相談してくれなんて言ってないだろ!? ……少しは母さんや父さんの事も考えてくれよ……」
随分と久しぶりに、普通に話しかけられている。
いつからかクロスはシェアトに対して、敬語を使うようになっていた。
その変化に気付かない訳も無かったのだが、彼なりの反抗の表れだろうと特に気に留めてもいなかった。
そして珍しくクロスが自分の感情を表に出しているのに、正直なところ、戸惑っていた。
これは兄弟喧嘩に入るのだろうか。
しかしクロスが何に怒っているのか、こうして自分と似ている綺麗な顔を歪めている理由も分からない。
それを察したクロスは吐き捨てるように溜息をつくと、背を向けて行ってしまった。
「やっぱり、貴方は相当の大馬鹿者でした。歳を重ねても、中身の成長は止まったままなんですね。……ここまで馬鹿だとは、流石に思ってませんでしたけど」
「……なんなんだよっ……!? 言いたい事だけ好き放題言いやがって! ……おめでとうぐらい言えよな……」
思い切り蹴り上げた雪は一度白い空に上がり、粉の様に辺りに再び降り積もる。
これ以上話す事はないとばかりにシェアトは弟に背を向ける。
家族で一番近いはずの兄弟という関係なのに、こんなにも反発し合うのは思春期の二人だからなのだろうか。
シェアトは髪の毛を掻き上げ、全く晴れない気分のまま寮へと戻って行った。