第十六話 栗色の髪の少女
暖色の明かりに包まれたエントランスは、ほど良い室温で外から来た自分達の体が少しが冷えている事に気付いた。
天井で惑星の模型がゆっくりと動いているのを見ながら階段を進んで行く。
ルーカスが廊下の先にあった天体望遠鏡を覗き込み、何やらピントを合わせている。
レンズの先は突き当たりだったはずだが、徐々にぼんやりとした形の扉が現れ始めた。
「よし、行こうか」
「うわあ、うわあ!! どうなってんのこれ!? 凄い!」
「ああ、仕掛け扉が多いからな。ちなみに今のは俺もできるぞ! すげぇだろ!?」
「もちろん、僕もだよ! さあ、カイ! 余す所無く褒め称えておくれ!」
「あたしをストレスで殺したくないなら黙って」
扉の中は宇宙空間のような星空が広がっており、唯一真っ黒に塗られているような黒い道を進んでいく。
視覚的には一直線だが、体感しているのは上り坂である。
歩いていくと、真横を流れ星が物凄い速度で横切ったり、頭上で何かが閃光を放ったりしており、甲斐はその度奇声をあげては道から外れそうになっていた。
「おい、危ねぇから真っ直ぐ歩けよ。ちゃんと足元見とけ」
先頭のルーカスの後ろを歩きながら、ちょうど甲斐目掛けて降ってきた赤い光を帯びた星に驚いてまた道を外れかけたが、後ろを歩いていたシェアトに腕を引っ張られて助けられた。
「びびるよこれ! ……むしろこの道以外を歩いたらどうなっちゃうの?」
「前にルーカスが今夜のように手に持っていた夕食の残りを、足が引っ掛かって躓いた拍子に落としたことがあってね! 道から外れた残りは……おや」
正に良いタイミングでルーカスが自分の足に引っ掛かり、黒い道に手を付いて転びかけた拍子に、持っていた夕食の残りをばらまいてしまった。
そして黒い道から外れた物はふっとこの宇宙空間から消え、いつまで経っても落下する音が聞こえなかった。
「ね? だから気をつけないといけないよ! カイ! 君と別れるのは今この時ではないと信じているからね!」
「皆この仕掛け知ってて何故ここにしよう! ってなっちゃったの? 全員死にてえの?」
「大丈夫だよ、気をつけていけば。ゆっくりでもいいからね。あ、ほらもう少しだから」
ルーカスが道の端に寄り、指差す先には少し開いた状態のドアがあった。
「あれ、開いてるよ? ああいうものなの?」
「あー、先生達は今日この後会議っぽかったから違うだろうし……。先客か? 珍しいな」
そっと近付き、開いている隙間からルーカスが中を覗くと小声で全員に状況を伝える。
「生徒だね、女の子が一人でぼーっと空見てるだけ。他には誰もいないよ」
「はあ? なんだよそれ、邪魔くせえなあ。戻るか?」
「あたし達が逆に邪魔な奴らでしょ、この状況だと完全に」
「先を越されてしまったようだね。ここは紳士的に出直そうか……カイは淑女的に、ね?」
皆で引き返そうと踵を返し、歩き始めた時だった。
「あの、どうぞ。私、もう少しで行きますから。使って下さい!」
ドアから顔を出しているのはルーカスの言っていた女の子だろう。
逆光であまり顔が良く見えないが、はきはきとした明るい声が響いてきた。
最初は皆、顔を見合わせては申し出を断ろうとしていたのだが、せっかくここまで来たしという甲斐の説得により、結局甘える事になった。
ようやく到着した展望フロアは、この敷地内で一番高い建物の屋上なのだとルーカスは説明する。
軽く髪を後ろへと追いやる夜風の匂いはどこか、甲斐のいた世界でも嗅いだことのある匂いがした。
「すごい、綺麗。この先は森なの? 林? 所々明かりがあるね、誰かいるの?」
「あれも敷地だけどな。実習とかで使ったりするから、いつか行くかもな。一応森だから魔法生物だらけだぜ。明かりに見えるのも魔法生物の目とかだろ」
「ふーん? あ、そうだ! ありがとうございました! お邪魔しちゃいました? へっへっへ、すいやせんね」
すぐ近くで柵に両手を乗せてぼんやりと向こう岸を見ている女子生徒に甲斐は声をかける。
すると彼女は待ってましたと言わんばかりの表情で思いきり笑顔になった。
「ああ、いいのよ! 全然! 私、お昼からここでうとうとしちゃって。軽く休憩のつもりが今まで寝ちゃっただけだから! 私、二年のクリス・ポーター! 星組よ」
今まで気が付かなかったらしい。
ルーカスは彼女の名前に反応すると明るく笑った。
「クリス! 君だったのか。全然気がつかなかったよ。良かったらどうぞ」
「あら、私は最初から気付いていたけど? ありがと。で、この可愛い子は!?」
「あ、同じ二年に編入になりました。カイですどうも。組はまだ分かっていないんス」
「カイ!カイね!? それって名前!? 苗字!? ああ、カイ・トウドウていうのね! 小さくてとってもキュート! よろしくね! 星組になるといいわ! いえ、ならなかったとしても……とにかく仲良くしてちょうだいね!」
月明かりの光に照らされながら二人は握手をする。
クリスの目鼻立ちは、はっきりとしていてまつ毛が頬に影を作るほど長さがある。
景色を見ている彼女の横顔は綺麗だったが、こうしてよく笑う彼女の顔は年相応の無邪気な少女だった。
事実、人懐こい笑顔と、明るさが持ち前の彼女は男女ともに人気が高い人物である。