第百六十八話 団長・登場
余りにも痛々しい映像が続き、心が疲れた。
撮影者は生きているのか、あの冷酷な声をしていた相手は最後に何を伝えようとしていたのかを考えるよりも、この全てを必死に頭に焼き付けておかなければ。
しかし、まだ映像が続いているのに甲斐は気付いていなかった。
『……大丈夫ですか! 聞こえていますか!?』
『ベイン団長! 中へ入りましょう! 甚大な被害が予測されます! 我々の任務を全うすべきです!』
はっきりとした人の声に視線が惹きつけられる。
そしてまたも、知った顔には驚かされた。
「……ベイン……? る、ルーカスさんのご登場やで!」
『駄目だ!任務の全うを考えるのならば今の現状をよく見ろ!特殊部隊とゼータ、我々は命を選ばない!それがどういう事か分かっていないのか!?どちらにとっても我々は敵であり、味方でもある!』
大人になったルーカスが覗き込むようにして映った。
彼は恐らく撮影者の容体を見ているのだろう。
あの幼かった面影は無くしっかりとした青年の顔つきになり、今よりもかなり日に焼けているようだ。
冊子で見たあの服装で、マントの両端が腕に付いており、舞っている砂埃から口元を覆った。
細身なのに変わりはないが、団長と呼ばれるだけあり、様々な指示と的確な治療を即座に行っていた。
この光景を見ていると、彼の夢は叶ったのだろう。
しかし、どちらからも狙われる立場であるというのは厳しい状況である。
『……う……』
『気が付きましたか! ……どこへ行くんですか! 下がって! 安静にして下さい! 誰か! 誰でもいい! この人を頼む!』
映像の色が戻り始めている。
立ち上がったのか、カメラの位置が少し高くなった。
ルーカスに必死で止められているが、撮影者は何も言わずに進もうとしている。
時折、彼の手を振り払う様にもがいているのも分かる。
『我々があなたを助けたのは、再び戦地に行かせる為ではないんです! ……あなた、そもそもどっちなんです……? その服装、部隊じゃなさそうですが……そんな丸腰で……対魔法の服も着ずに何をしにこんな場所へ!? 民間人は避難勧告が出ているはずです』
『ベイン団長! そいつから離れて下さい! 危ないっ……』
忠告が飛んだ瞬間、酷く高い音が響いた。
画面の外にいる甲斐も思わず耳を強く抑えるが、遅れてしまい耳の奥に膜が張られたようだ。
鈍い感覚が残った。
映像の音声を聞こうと集中するが、まだ役に立ちそうになくどうにか出来ないかと思い切り声を出してみたがそれすらもくぐもって聞こえる。
一方で映像内では、無事を確認するかのようにルーカス達を映している。
団長を庇うように他のメンバーが覆い被さっているが、皆無事なようだ。
そして再び撮影者は何処かへ向かって走り出して行った。
ここでようやく映像は本当に終わったようだ。
「怖っ……。撮影者もどこまで強行突破してくの……。さっき死にかけてたのに……。何度でもルーカスの手によって生き返ろうとしてるの……?永久機関じゃん……」
知った顔を見て安心したのもつかの間だった上、撮影者のガッツにかなり引いてしまっている。
もう一度文字を合わせ直してみるが、もう一度見る事は出来ないようだ。
くしゃみが何度か出て、ようやく現実の感覚が戻って来た。
ルーカスは無事だろうか。
助けて貰った事を分かっているのかいないのか、撮影者の目的も分からないまま終わってしまった。
茫然としながらもいい加減に服を着るべきだと思い、今までの映像の記憶を取りこぼさないよう、頭の中で反芻しながらクローゼットを開いた。