第百六十六話 第二の文
泡風呂に浸かっていても、甲斐の気分は最悪だった。
知らなければ良かったとは思わないが、知った所で止める権利など無いのだから。
湯から手を出してどうやって指に固定されているのか分からない指輪を、回してみる。
もう動かないと思っていたが、四本のリングはカチリと音を立てて動き始めた。
ランフランクの言った通り、やはりまだ合わせられる四文字があるようだ。
だが、あの『MAGI』ですら偶然の様なものだったので今度ばかりは困ってしまった。
自習期間は他の寮のロビーへは入室は出来ないので、頼れるメンバーには会えそうもない。
校内では制限魔法がかけられているので、連絡を取る手段も無いのだ。
指輪も指から外れないので、裏側にあったなんのヒント性も無い文ももう読めない。
ぐるぐると指を回してみるが何も書いていない。
「……あの映像ってどこから出てたんだろ。光源を覗こうとは思ったんだけど 網膜焼かれるの怖くて見れなかったんだよなあ。リアルに光を無くしちゃうのは遠慮したいもん」
指を自分へ向けてみると、指輪の太い縁に沿って文が書いてあるのに気が付いた。
思わず勢いよく立ち上がってしまい、立ちくらみが起きる。
ルーカスもエルガもこの指輪をよく見ていたが、この文には気が付いていないようだった。
第二段階ということで昨日現れたのだろうか。
ちかちかしている視界の中で、ピントを合わせて読み上げる。
「……『私は彼らを知らない。印すのは君の知る進む道全てを』……。 は、はっきり書けや! もう何ぃ~! このまどろっこしい感じぃ~! やだぁ~!」
微妙に間延びさせた口調でそのまま湯船に戻って行き、何を合わせたらいいのかを考え始めた。
この指輪を贈った者は、誰を知らないというのか。
まるで今の自分はその彼らを知っているかの如く文は続いている。
シェアトの事かとも思ったが、彼らと称されているので他は誰なのか見当がつかない。
この指輪は本来、自分がこの世界に来たと同時に手にするはずだったのだろう。
それをこの卒業する年度に見つけ出してしまったのは、相手からすると大きな誤算なのではないだろうか。
物言わぬ指輪に、責められているような気がした。
リラックスするはずだったが、この指輪をしているとどうにも落ち着かない。
バスルームを出てタオルを体に巻き付けながら、刻まれている言葉を反芻する。
「……君の知る、進む道。……ダメだ、タイムリー過ぎて進路しか浮かばない。結局たまたま入れたマギだかなんだかの意味もよく分かってないあたしに、こういう回りくどいのは無理だよ……。ルーカス辺りに指ごと預けたい……。止血さえしてくれたらそれでいいから……」
迷惑極まりないプレゼントを夢見ながら、何とか浮かんだ進路の方向で考える事にする。
シェアトが何度も言っていたはずの、あの部隊の名前が確か四文字だったはずだ。
職業一覧を手に取ると、髪の毛から落ちた水滴がページに染みを作ってしまった。
片手で髪の毛を後ろに流して、『W』の目次を開いて探していく。
「い、いっぱいありやがる。略称四文字……四文字……うわ、これもこれも……? 全部やってみよう……。あ、でもこれ女性で出来てる部隊だ。ここじゃないよね、違うよね。 まさかそこまで脳ミソ液状化してないよね。その熱意に応えて推薦枠を設けようとかだったりしないよね? い、一応……」
案の定、指輪に変化は無い。
ほっとしたが、あのシェアトを考えるとまさかという、下らない可能性を否定しきれないので時間がかかってしまうのだ。
正直な所、阿呆な彼に心底腹が立った。
ページ順に全ての略称を入れてみるという作戦を後悔し始めたのは、髪の毛が自然に乾き始めた頃だった。
もはや部隊でもなんでもないが、略称が四文字なのでもしかしたらと思い入れた『微生物信仰推進研究会』や『女性美体保護団体』といった職業もやはり外れだった。
服も着ずに黙々と床に置いた本を頼りに指輪を回し続けていたので、体が冷え切り、首が痛かった。
「……どれもこれも、世界何だかって部隊なんかよりシェアトにぴったりな気がして来るんだよな……。くそっ、あいつがあんなにアホじゃなかったらこんなに惑わされる事も無かったのに!」
恐らくこれが彼の言っていた部隊だろうというページに行きついた。
書いてある功績や、部隊の危険さを歌う文を読んだが半信半疑の状態でリングのスペルを合わせる。
「……W……S……M……C……。うそぉ!?」
本当に進路だったのかという驚きと、これはやはりシェアトの進路なのだという驚きが入り混じって声が裏返った。
合わせた文字が光り、全英数字がまた光り出した。
慌てて部屋の電気を消し、見逃さないように準備を整えて、指輪を壁に向けるとちょうど映像が始まる所だった。