第百六十四話 推薦される彼
面談が終わり、食堂に戻ったが誰一人テーブルにはいなかった。
各自、終わった者から部屋での自習となるそうだが部屋に戻ってしまったのだろうか。
しばらく待ってみたが誰も来ないので、大人しく部屋へ向かおうと食堂を出る。
渡り廊下の向こう側に、ビスタニアが見えた。
名前を呼ぶと立ち止まってくれたので、小走りで近付く。
「俺は何の力にもなれなかったが、指輪の謎が解けたようで良かったな。解いた後、何か変化はあったのか?」
「あーいやーこれは、 ランランとの二人の内緒のアレだからさ。でも、まだまだ四文字探さないといけないみたいだから。ナバロ君には期待しているよ」
「どの立場で物を言っているんだお前は。この後は自習だが、それを考えるにはうってつけの時間だな。どうせ勉強なんてする気は無いんだろう」
「失礼しちゃうよ! 将来について考えようと思って! ナバロみたいに優秀さにステータス全振りしてるような人は選び放題だよね、実際」
当然だとか、そういった返事が来るかと思ったが案外静かな声でビスタニアは前を見ながら返す。
「選べたところで妥協した物を手に入れるのは皆、嫌だろう。……それにしても、お前が働いている姿が思い描けないのは俺の想像力が欠けているからなのか?」
「……結婚して家庭に入りそうってこと……?」
「乱暴して牢屋に入りそうってことじゃねぇか? ったく、終わったんなら同じ寮なんだし、少しは待っとけよ」
宣戦布告ともとれる発言をしながら、二人の間に入って来たのはシェアトだった。
やはり他のメンバーはまだ戻って来ていないようだ。
「俺、もしかしたら推薦枠取れるかもしれねぇんだぜ! 凄ぇだろ!」
「ほう、どこのだ? 貴様の場合は実技が飛び抜けているからな」
「シェアトが推薦!? 人力発電のメンバー? 毎日毎日、暗い地下の洞窟で死ぬまで電気を発電し続けるの?」
「そんな過酷な労働環境に生徒を推薦しようとする先生がいたら怖すぎるわ。それを嬉々として報告する俺もどうなんだよ。前に話しただろ、『W.S.M.C』だよ!」
興奮気味に話すシェアトにビスタニアが珍しく褒めている中で、甲斐は一人浮く雑な思いを持っていた。
推薦枠が取れるかもしれない、ということは『W.S.M.C』へと進んでしまうかもしれない。
あの、指輪の未来へと繋がってしまうような不安感がどうしても払い切れなかった。
「それにしても、良かったな。推薦枠だって誰でも取れる訳じゃない。実戦での成績が良かったからな」
「おう、でも今以上に力を上げていかないとな。それに応用だってなんとか食い込んでいるレベルだって話だから、短期間でどうにかしねぇと……。おい、なんだよ。声の出し方忘れたか? 俺になんか言う事ねえのかよ!」
「シェアトじゃないんだから、そんなアホじゃないし。おめでとう……」
明らかに歯切れの悪い祝辞に、浮かれているシェアトは気付かない。
それこそ、こんなにも分かりやすい彼女の表情にも。
「おう! お前も頑張れよ、ビビっときたとこにとりあえず希望だしゃいいんだから。あんま深く考えんなよ。ったく、こんなめでたい話を聞かせてやろうと思ったのにどいつもこいつも薄情だな!」
めでたい話、本当にそうなのだろうか。
しかし今の甲斐にはそれをどうすることも出来ない。
出来る事は、この指輪の残りの映像に彼の無事な姿があるのを願う事だけだった。