第百六十三話 校長へ告げ口
「ランラン、あたし皆と一緒に卒業できる?」
ランフランクは頷いたが、その早さに甲斐の口が開く。
意外だ、こんなに簡単に返事をしていいものなのか、そんな思いが甲斐の頭を占めた。
その気持ちを察したのか、彼はゆっくりと話し始めた。
「構わない、と言いたいのだがそれも手放しにとはいかん。定期的にここに立ち寄ってもらったり、そういった条件が付くかもしれん。機関には話をしてみよう。この世界に協力的だと言えば大丈夫だろうと思うが、審判にかけられるかもしれん。その時はしっかりと自分の気持ちを言えば良い。……しかし、恐らく進路を自由に選ぶのは難しいだろう。ここを離れるという事は、新たに君の保護と緊急時の抑制が可能な場所に置かれる事になるはずだ」
「あ、それは全然。何か仕事が出来ればそれで。良かったー。……あとね、ランラン。最近あたし廊下壊したんだけどその中からこの指輪が出てきたんだ」
「聞いているとも。ビスタ二アが罰を手伝ったな? 以前の彼からは考えられない。……今更どうこう言ったとて仕方がない、目を瞑ろう。さてその指輪だが、外れないだろう? どうやらまだ、指輪が役目を終えていないようだ」
出来るだけ詳しく、昨夜に見た指輪の映し出した映像の話をしてみた。
恐らく未来の映像だった事、『ゼータ』という謎の名称、全てを話している間もランフランクの顔に変化はない。
目はずっと甲斐と合っているので、どうやら寝ている訳ではないようだ。
「……成る程。カイ、未来なんてものは実に不確かだ。自分の何気ない一言が大きな影響を与えたりもする。常に幾つも分岐点が出来ている、そして我々はその中で日々生きているのだ。その指輪に関しては、私も詳しい事は分からないが、危ない物ではないようだ。しかし、間違えるな。いつだって物は安全だ。本当に危ないのは、それを扱う人間だ」
「大丈夫、これまだあたしから外れないんでしょ? でも事情知ってる組になんて言おう……。あたし嘘下手みたいでさあ。本当ピュア過ぎるのも考え物だよね、ランラン」
甲斐の軽口に、ランフランクは微笑みだけを返す。
「友人達には私を引き合いに出しても構わないさ。口止めされたとでも言えばそう深くは聞かないだろう。職業一覧は画像付きの冊子が渡されているはずだ。その大人になったセラフィムの制服を照らし合わせてみるついでに、何か興味のある仕事を探してみると良い」
丁寧な説明をゆっくりとした口調でランフランクは甲斐に告げる。
そして声を少し低くして甲斐の質問に答えた。
「……『ゼータ』だが、現段階ではそのような有名機関は存在していない」
「嘘っ!? だって数年後にはあんな立派な建物出来るのに!? じゃあこれからってこと!?」
「左様。今後、近い未来にその『ゼータ』が発足し、指輪の未来と同じように、大量殺戮兵器開発をするのであればこれは問題だ。だが、今の段階では何も動けん。未来予知の技術などは存在していないのだからな。それこそ君宛の指輪が知らせた情報などと知れれば大事だ。研究対象にされてしまうぞ」
「……じゃあその時が来るまではじりじりと待ってるしか出来ないのか……。あああまどろっこしい! 今すぐ見つけ出して、すぐさまぶっ潰してえええ! あ、この指輪の残りの役目って?」
もはや大事な気もするが、ランフランクの至って冷静な口調のおかげだろうか。
昨夜感じていた言い知れぬ不安感は今は感じられない。
「……魔法の痕跡を見る限りでは、まだ他の映像記録が残っているようだ。そしてそれら全ては指輪を付けている者にしか見えないようだな。一度見た映像記録は跡形も無く、消えるように仕組んである…。推測だが、鍵になる四文字は他にもあるはずだ」
「そうなんだ!? うう、見たいような見たくないような。でも未来と言えど決定してるんじゃないんだもんね! てことはこれをあたしにくれた人はこうならんようにっていう警告なのかな? ……手紙とかにしてくれた方が早いのに……」
「……その内容は君以外の者に知られる事は望んでいないようだ。また何かに困ったら来ると良い。その指輪の中身が、どれだけ残酷な物だったとしても、きっと君はそれを変えられるのだから。恐れるな」
言葉は強いが、口調は励ましているようだった。
それにこの指輪の映す映像が本当の未来のものかどうかなど、分からない。
不幸な未来があったとしたらそれは全て偽物だ。
優しい皆が笑えない未来なんて、信じる価値など無いのだから。