第百六十一話 やっぱり一人じゃ無理ですか
知らない内に甲斐は真っ暗な建物内にいた。
寝ていたはずなのに、どういうことなのだろう。
疑問符は頭を巡るが、この世界に来てから驚く事ばかりだったので、そういうものなのだと納得する癖が付いてしまった。
誰かが横切ったのを空気で感じた。
不思議な事に足音一つしなかった。
何か、大きな音が鳴り響いている。
暗い中で目を凝らしていると、映像で見た大人のシェアトが経っている。
その背後が明るい。
何故か険しい顔をして鋭い眼光でこちらを見ている。
声を掛けたいのに、上手く声が出てこない。
いつもどうやって話していたのか、分からない。
そのまま彼は行ってしまう。
引き止めなければと思うが体は動かない。
どうやって手足を動かすのか、体と頭がばらばらになってしまったようだ。
そして、シェアトの遠くなる姿はやがて白い光に包まれていった。
「……いった……。ヤな夢……。全然寝た気がしないし。シェアトのせいだ、完全に」
ベッドから見事に横を向いた体制のまま落下した甲斐は、打ちつけた左側面の痛みに一瞬息が出来なかった。
時刻はまだ四時を過ぎた所だった。
眠り直そうかとも考えたが、思ったよりも体は軽い。
このまま一度知書室に行って『ゼータ』について調べようと、昨日の制服姿のままで出かける事にした。
一つ問題が起きてしまうと、どうしても解決するまではそれに掛かりきりになってしまう。
知書室には今朝は誰もいなかった。
残念なような気もするが、今はこれでいいと思い直す。
ここに来て困ったのは、そもそも『ゼータ』が何を指すのか分からないせいで、どの棚の何の本を探せば良いのか分からない事だった。
例えばこの世界の機関や職業、そして有名企業の情報が何一つ分からないのだ。
とりあえず、仕事関連の書物を探すがただでさえたくさんの本が棚に入っているのだ。
見ている背表紙だけでは内容が何一つ伝わってこない。
本を読み慣れているどころか、その真逆で出来る事なら余り活字を目に映さずに生きていきたい願望すらあるのだ。
「誤算だ……。辞書なら凄い早く見つけられたのに。本を選ぶ人って手当たり次第に読んでるの? なんなの? 似たような本ばっか並べやがって……。どの本のどこを見たら知りたい内容が書いてあるか分かる本を置けよ……」
結局何冊か適当に手に取ってみたが、どれも外れてしまった。
そして戻す場所が分からなくなり、適当に入れようとしたが、少しだけ本と棚の間に刺さっただけで、そこから先は一向に棚に入らないので嫌になってきた。
そんな事をしているとあっという間に朝食の時間になってしまい、いつもと変わらぬ時間に甲斐は食堂へ現れた。
「カイ! あなたの制服、皺が寄っているわよ! 今日から面談の日よ、細かい先生にあたると面倒なの。着替えてきた方が良いわ!」
「本当? でも大丈夫だよ、いざとなったらビンテージですって言うから」
親指を立てて甲斐はクリスにウィンクをした。
クリスは口を一文字にしたまま目を逸らす。
「何故そんなに堂々とおかしな事を言えるのか教えてくれよ……。あれ、お前その指輪……!?」
甲斐の変化に気が付いたクリスに負けじとフルラも顔を出した。
「あれぇ、どうしたの? その指輪……なんか、すごいごついけど……? 重くないのぉ?」
「ああ、なんか拾った奴付けたら取れなくなっちゃって……」
「ああ、お願いだから食べ物だけは拾って食べないようにしてちょうだい。全く、変な魔法かけられてないんでしょうね? 何かあってからじゃ遅いのよ?」
指輪の件を知っている者は甲斐の指に視線をやると、あんなに大きかった指輪が甲斐の右手の人差し指にぴったりと入っている。
エルガの目が誰よりも最後まで、指輪を捉えていた。