第十五話 恋って言いました?
甲斐はエルガとシェアトの間に座り、男子三人が食べ終わってもまだ暫く食べ続けていた。
そうしている内に突然の編入生に興味を持った生徒達が食事を終えてこちらに集まって来てしまい、シェアトが追い払いながらルーカスに食料を持てるだけ持つように指示を出し、エルガは甲斐の手から口に運ぼうとしていたキャラメルタルトを取り上げて声をかけた。
「おや、すまない! 手が勝手に! ちなみにそろそろ移動しないと囲まれてしまうよ、大食いガール。まあ僕としてはそれでもいいのだけれどね! 人気者の性だろうか!?」
「マイデザートが急に消えた上にノイズが聞こえる……最低だ……。ああ、じゃあ行くかあ。だいぶおなかいっぱいになったし。ごちそうさまでした」
両手を合わせて軽く頭を下げた甲斐をエルガは食い入るように見つめている。
甲斐が立ち上がっても、エルガは甲斐の顔を見つめ続ける。
口が何度か開閉した後、甲斐の目の前にずいっと近付き、身長差がこの二人が一番あるため為甲斐を見下ろす形のままようやく声を出した。
「美しい……! 今のはなんだい!? 食べ物に対して、そして作ってくれた人への感謝の儀式なのかい!? なんてことだ! 君はそれを自然な流れでやってのけた……。いや、本当に美しいよ。心の清さが滲み出ていた!」
「あ、は、はい……。何もかもおっしゃる通りでございます。でもなんでだろう、全然嬉しくない……」
「おい、とりあえず出るぞ。北館ならどの組の寮でもねぇし……いいんじゃねえか?」
「そうだね、じゃあ北館の展望室でいいんじゃない?誰か来てもすぐ分かるしさ」
シェアトとルーカスがどこへ移動するかを話している間もエルガは甲斐を口説き続けていた。
「もしかしたら君が現れたのは僕に会う為だったんじゃないかな?本気で僕はそう思うよ。運命とは時に残酷なものさ」
「ねえちょっと、 彼そろそろ頭の薬の時間じゃないの?」
「お前ってほんとアホだな。こいつを治す薬があるならこいつ、とっくに正常か薬漬けのどっちかだろ」
「やめてくれたまえ、姫に対してアホだのちんちくりんだの言ってはいけないよ! それに、恋は頭でするものではないしね」
北館へ向かいながら、四人は誰にも捕まらないように早歩きをしていたが、エルガの爆弾発言で全員の足が止まった。
甲斐への悪口であれば皆気にしなかっただろう。
「お前……今、 なんか血迷ったことを口走らなかったか? なあ?」
「エ、エルガ? どうしたの? ねえ、どうしちゃったの急に……!」
シェアトとルーカスは顔を引きつらせ、本気でエルガの事を心配し始めた。
「ひぃっ、急に鳥肌が……! これが悪寒!?」
しばしの沈黙の後、ふっとどこか悲しそうな笑顔を浮かべると前髪を綺麗な動作でかきあげ、エルガは言う。
「いつかは離れなければならない運命だとしても、僕はそれでもいいんだ。それがそんなに血迷ったことかい!?」
「悪い、そこじゃねえ! っつーか色々とマジかお前! いい、もう早く行くぞ! カイの話を聞くんだろ!」
「そ、そうだよとりあえず皆一度クールダウンした方がいいんじゃないかな……ね…?」
「ひいいい、鳥肌ーぶつぶつーひいいい!」
「お前もうるせえな! ……ってこれ鳥肌じゃなくてじんましんだろ! どんだけ急なストレスかかってんだよ!」
「もうここまで来るとちょっと僕、エルガが可哀想になってきたよ……。じんましんって……」
少しだけルーカスがエルガに同情をしたが、その直後にエルガは甲斐の顔を覗き込むとウィンクをしてまた話し始めた。
「なんだい、皆して! まあ、恋に障害は付き物だしね! ゆっくりと時間をかけてカイと心を交わしていくから問題ないよ!」
ウィンクを甲斐に投げかけると、一層甲斐の症状は悪化した。
「ひいいい殺してくれえええひいいい」
じんましんが治りかける度にエルガが甲斐へアピールをする為、ルーカスから全員に展望フロアまで会話禁止令が発令された。
虚ろな目をして袖を捲り上げ、無言で腕を掻いている甲斐を横目に一行はようやく北館の入り口へと到着した。