第百五十七話 風邪ひき赤色
エルガの頭はやはり人よりもパーツが多いらしい。
この短い時間で組み立てた仮説を、甲斐にもわかりやすくエルガはすらすらと説明していく。
「カイが落ちたという穴、ここに本当はこの指輪があったんじゃないかな。もしかしたら一緒にこっちに来たのかもしれないし、実のところは分からないけど。それに気付かずにカイはルーカスに引き上げられてしまった……。そして修復されて、この前の騒ぎでたまたま発掘された。そんな所ではないかな?」
「だとしたら、あたしにこの指輪をくれた人がいるかもってこと? あれ、だったらこの謎が謎呼ぶ四文字単語はあたしに対しての言葉ってことになるの?」
「たぶんだけどね、流石に僕もカイ以外の人の気持ちは分からないからなあ! 恋は盲目とはこのことだよ!」
面倒臭いのでエルガの寝言は無視して、指輪を回してみる。
しかし結局昨夜は辞書を借りて来なかったので、単語が分からない。
誰が自分に指輪をくれたのか、全く見当もつかない。
暫く奮闘していると、誰かが咳き込む音が聞こえた。
エルガが振り返り、それにつられて甲斐も顔を上げると階段に立っていたのは真っ赤な顔をしているビスタニアだった。
「幻覚……か。酷い悪夢だ……あの世からの迎えじゃないだろうな……」
「小声だけどしっかり聞こえてるよー。夢じゃないよー。何、ナバロ風邪? えっ……まさか昨日手伝ってくれたから……?」
「そうか……カイの手伝いをして風邪を……? ならば僕にも責任があるな! 朝食にも姿が見えなかったのはこの為だね!?」
二人が本当に存在していると気付き、その場でゆっくりと下に体を落として段差に座るビスタニアは咳払いをしながらまたうわ言を呟いている。
「……喚くな……頭が痛い……。お前ら……現実なのか……。授業はどうした……ここで何をしている……」
「あ、エルガ! そういえばナバロはあたしの事情知ってるから。んとね~、指輪があたしの出現したとこから出て来たんだけどなんか難しいんだよね」
「……七割がた何を言っているか分からん……。待ってろ、そっちに行く……」
ふらつきながら二人の傍に来て、空いている席に座ると指輪を渡される。
咳をする度に顔を背けていたが、どうにか指輪の仕組みを理解したようだ。
エルガが説明の補足としてついさっき辿り着いた考えを話すと、暫し考えた後に上を見ながら話し始めた。
「……ミカイルの考えで俺も合っていると……思うぞ……。それでも絞り込みが足りないな…。結局は相手の主観の話だろう……。しかしお前の事を知っている相手なんだから、お前こそ心当たりはないのか……」
「大丈夫かい? 随分辛そうだけど。治癒室まで一緒に行こうか? 男性に手を貸すことはあまり……いや、ほとんどしない主義だけど、僕のカイを助けてくれたんだ。仕方ない。協力しよう!」
恩着せがましく立候補したエルガをビスタニアは首を振って断る。
「い、いや……大丈夫だ。寝ていれば治る。高熱は散らすしか出来ないようで……微熱がしばらく続いてしまうそうだからな……。飲み物でも持って来ようかと食堂に行こうとしていたが……やはり厳しいな」
「これ、良かったら使うといいよ。君も一つくすねてきたらいいのに」
呼び鈴を差し出すと、エルガが持っているのが意外だったらしく目を丸くしたが苦笑いをして飲み物を注文した。
一方で甲斐は難しい顔をしたまま、誰か思い当たるような人物がいないか考えてみたが全く浮かばないようだ。
そろそろ一講が終わってしまう。
ビスタニアは風邪を移すといけないと言って、水分補給をした後にまた戻って行った。
促されて鞄を持ち、エルガと共に授業へ向かうが中々解けないこの指輪のせいで授業など全く集中出来そうになかった。